遼州戦記 保安隊日乗 6
嫌みのつもりで愚痴る北川を桐野が睨み付ける。恫喝。脅迫。ともかく北川はその敵意に満ちた桐野の顔を見て桐野と保安隊にそれなりの因縁があることは察しがついたが、今はそれを詮索する場面では無いことだけは分かっていた。
北川達には彼等の飼い主が欲する力を手に入れると言う目的があった。北川は余計な事を考えようとする頭を切り換えようと銃を握りなおして大股で階段を駆け上がる桐野の後を追った。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)57
「おい、神前……ラッキーかもしれねえぞ」
突然拳銃を手に振り返る要。ニヤリとその口元が笑っている。感情の起伏の激しい要だが、こんなところで突然振り返って笑ってくるので誠は面食らって黙り込んでしまった。
「西園寺。ラッキーとはどういうことだ?根拠の無い事を言える状況じゃない」
不機嫌そうな表情を浮かべて首をひねるカウラ。それを見ても要は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「一瞬だがこの建物の四階で衛星通信をしている奴の反応が出た。恐らく水島が呼び寄せた使い魔は法術師じゃなくてサイボーグだ」
「使い魔?ドラゴンとかじゃないから良かったとでも言いたいの?サイボーグだって十分驚異じゃないの。あんたの片腕。その状況だとそいつのをもぎ取って使えるから人斬り相手に有利に戦えるようになるとでも言いたいわけ?」
アイシャはあきれ果てたようにそう言うとそのまま要を追い抜いて四階のフロアーに顔を上げる。
銃声もない。誠も気配を感じることができない。ただ暗がりだけが広がっていくのがわかるだけだった。
「静かね……で?軍用義体のサイボーグが水島さんを助けに来た。それのどこがラッキーなのよ」
何もないのを確認したアイシャが要を振り返り小声で詰問する。そんなアイシャを見てさげすむように笑う。
「サイボーグは所詮工業製品だ。どんなに高性能な義体でも性能の上限は設計図を見れば分かる。研究途中でどんな力があるのか分からない法術師より与し易いだろ?」
「事実だが楽観論だな。今の状況じゃ性能は分からないんだろ?」
あっさりと要の意見をカウラが切って捨てた。要はそのまま不機嫌そうに闇に目を向ける。そしてそのまま一気に四階のフロアーに飛び上がった。
「西園寺さん!」
誠が驚いて声をかける。要はムキになったようにそのまま前進した。
「馬鹿が!」
カウラがその後に続いた。遅れまいと誠は左右を、アイシャは後方を警戒しながら前進していく。
要は最初のドアを見つけるとカウラに少し離れて止まるように指示を出した。静かに彼女は左手の拳銃を手にドアを押し破ろうと手を伸ばした。
その瞬間、誠は強い感情の流れを要の死角に当たる廊下の中央に感じた。
「正面!干渉空間!」
その瞬間銃声がドアではなく廊下から響いた。手を伸ばしていた要がそのままその場に倒れ込む。要の隣に突然現われた発砲の作り出した火の玉がかき消すように消えた。
「正面!こちらの場所を特定された!警戒!」
カウラはそう言いながら銃を構えて周りを見回す。誠もまたカウラの隣でショットガンを構える。まるでこちらを分断しようとするように一発一発、別の場所からの発砲が続く。
「痛てえ!」
ドアの下。腹部を押さえて要が叫んだ。
「当たり前でしょ!こっちに這ってきなさいよ!」
アイシャが叫びつつ銃口の光を目印に銃を三発打ち込む。北川の銃はリボルバー。弾を撃ち尽くしてとりあえず引いたようで着弾した感触は無かった。
しかし、その時廊下の奥の黒い塊の方で金属パイプが落ちるような音が響いた。
『銃だ!銃だ!』
誠が凝視するとその黒い塊はベッドのクッション部分を積み重ねたもののように見えた。そしてその影で人影のようなものが動いているのが誠にも見えた。
「見つけたぞ。神前、西園寺を何とかしろ!」
カウラの言葉に誠は干渉空間を展開した。そしてそのまま床に転がってわめいている要に向かう。
銀色の光の板。誠が作り出した干渉空間に向けて先ほどのベッドの後ろからの三発の銃弾が着弾した。
「カウラさん!拳銃じゃ無理ですよ!」
正確な射撃。距離と三発の射撃間隔を計れば銃が苦手な誠でもそれがサブマシンガン以上の火力の火器のものだと言うことはわかる。カウラは誠が言葉をかけるまでもなく、消火栓の影に身を沈めてベッドの向こうのサイボーグだという水島の護衛の射撃に備えていた。
「済まねえ……しくじった!」
腹から血を流している要。誠はただ要を守りたい一心で干渉空間を展開し続ける。
「神前……力はとっておくもんだぞ……人斬りが出て来たときに……力がでないとそれこそ洒落に……」
要はそれだけ言うと動きを止めた。
「嘘……嘘ですよね!」
誠は展開していた干渉空間を収束させるとそのまま目を閉じたままの要の頬を叩いた。反応は無い。胸を触ってみた。動かない。涙が自然にあふれてくる。どうして良いか分からなくなる。明らかに要は機能を止めていた。
そのまま片膝を付いていた姿勢からよろよろと誠は立ち上がった。
「カウラさん……西園寺さんが……」
無防備に立ち尽くす誠を見てカウラの表情が怒りに震えたものへと瞬時に変わった。
「馬鹿!脳内の血液損失を防ぐ為に仮死状態になっただけだ!さっさと引きずって来い!」
ベッドの裏からまた正確な牽制射撃が二発カウラの手前のコンクリートブロックにはじける。
誠はカウラの言葉でようやく我に返り、そのまま干渉空間を展開しながら要を引きずり始めた。
二発銃弾が誠の展開する干渉空間に吸収された時にベッドの裏の敵の動きが止まった。
『相手はベテランだ。テメエの能力が予想以上だってことで弾を節約し始めてやがる』
「西園寺さん!」
耳の通信端末から響く要の声に思わず手を止めた誠。
『さっきは勝手に殺しやがって!とっとと運べよ』
「早くしろ!北川達も目標を見つけたんだ。動き出すぞ!」
壁際で叫ぶカウラ。誠は必死になって動くことの無い要の体を引きずって行く。
「いい様ね、要ちゃん」
背後の警戒から帰ってきたアイシャが要の足を持って誠を手伝う。
『ぶっ殺す!後で……』
「威勢は良いのねえ……動けないくせに」
『やっぱりぶっ殺す』
動けない要の通信に背後を警戒していたアイシャが絡む。だがそこに背後からの銃弾が届いてきた。
「来ちゃったわよ!北川と例の人斬り」
牽制射撃で何とか時間を稼ごうとするアイシャ。カウラのところまでたどり着けないと悟った誠とアイシャはそのまま手前の病室に入ろうと扉を蹴破る。
パイプ椅子が乱雑に置かれた部屋。カウラもまた水島をかばうサイボーグの的確な射撃に押されて誠達と合流すべく部屋に駆け込んできた。
「ここでなんとかあの連中がつぶし合うのを……」
アイシャがそう言った時、要を置いた壁の隣にあったパイプ椅子が半分になった。部屋のあちこちに干渉空間が展開される。
「北川の狙いはこちらか……終わりかもな」
カウラのつぶやき。それを聞いた時誠の中で何かがはじけた。
誠は立ち上がりまわりに干渉空間を展開する。
「誠ちゃん!死ぬ気?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



