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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 まるで人ごとのような少年のつぶやきが頭の中に響く。 
「どこにいる!お前が呼んだのか!あの人殺しを……」 
 冗談の過ぎる少年の言葉に叫び声で答える。しかしどこにも人の気配はしない。そして水島はとりあえず廊下をそのまま歩き続けた。
 ドアに付けられたプレートやご丁寧な手すり。どうやらここは廃病院らしい。だがそれが分かったところでどうなるものでもない。
 しばらく歩いても人の気配は無かった。むしろあちこちの壁の傷み具合からみてそれなりの年月放置されてきた建物だと言うことは分かる。割れた窓ガラスが靴下だけの水島の足に突き刺さった。
「痛っ」 
 思わず後ずさる。調剤室のガラスが砕かれ、それを割るのに使ったらしい水道管の切れ端がカウンターの下に何本も転がっている。その有様を見て水島はここが誰の目からも離れた置き去りにされた場所だと言うことを確認した。
『僕がアイツ等を呼んだだって?おじさん……人聞きの悪いことは言わないでよ。僕だってあんな化け物が来るとは思ってなかったんだから……』 
 足の裏の痛みを指すって誤魔化す水島の頭の中ににやけた笑いを浮かべたクリタ少年が映る。忌々しげに手元に落ちていた水道管を手にとってガラスの破片を迂回して進む水島。
「化け物?じゃあ知っているんだな、あの日本刀の男のこと」 
『一応、噂ではね。でも僕にも守秘義務があってさ……生きてそこを出られたら教えてあげるよ』 
「無責任なことを言うな」 
 怒りに駆られた水島は思わず目の前の壁を水道管で叩いた。火花が散るがただそれだけ。ぶつかった部分の塗料が剥げ、コンクリートの地肌が顔をだす。そうしているうちに水島は偶然かつては床を覆っていたらしい元の色すら分からないほど埃にまみれたタイルの下にスリッパの山があるのに気がついた。
 水道管を投げ捨て、スリッパに手を伸ばす。どれも湿気で黴を生やしているが何も履いていないより遙かにましだ。そう思いながら水島は左右のスリッパを見つけると足に履いて履き心地を確かめる。
『あのさあ、そんなに暴れていいの?さっきの化け物。恐らく僕がおじさんを飛ばした場所を見つけているころだよ……逃げるなら今のうち……』 
 少年の言葉が終わらないうちに水島は走り出した。目の前に階段がある。とりあえずそこを駆け下りる。廊下や壁を見てようやく自分がいる廃墟が病院のあとであることに気づく。
『おじさんストップ!』 
 頭の中でまたクリタ少年の声が響く。驚いて壁に張り付き息を整える。
『来たよ。ぴったりさっきおじさんがいた場所だ。逃げた分だけ遠くなったよね』 
「責任を取れよ……貴様らに協力するんだから……ちゃんと助けろよ……」
 運動不足の水島には恐怖と戦いながら廃墟を巡るのは酷な作業だった。百メートルも移動していないというのに心臓は激しく波打って息もかなり上がってきていた。
 少年の満足そうな笑みが頭の中に浮かぶ。 
『まあ、できるだけのことはするつもりだよ。もっともおじさんがなかなか決断してくれないからできることは限られているかもしれないけどね』 
 焼け石に水と言うような調子の言葉を最後に頭の中から少年の気配が消えた。水島はその時になって初めて自分が本当の意味で孤独であることに気づいた。



 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)51


 東豊川を流れるゆたか川の下流へ向かう堤防沿いの道をヘッドライトを灯したスポーツカーが走っていた。
「ラーナ。間違いはねえんだな?」 
『はい、反応は新東豊川病院跡で途切れています。再びの法術発動の気配はありませんから……』 
 ショットガンを肩に担ぐようにして狭いカウラの車の後部座席にふんぞり返る要。誠は身を小さくしてショットガンに何度となく頭をぶつけながら黙って座っていた。
「要ちゃん。もう少し詰めてあげてよ。誠ちゃんが苦しそうじゃない」 
「は?いいんだよ。これで少しは体がやわらかくなるだろ?こいつの投球フォームにはもう少し柔軟性が必要なんだ。このくらいのことには耐えてもらわねえとな」 
 屁理屈をこねる要。誠は苦笑いを浮かべながら要の言葉に頷いていた。たしかに最近の実業団のチーム同士の練習試合では腕の振りが鈍っているのは自分でもよく分かっていた。
「それより……間に合うのか?」 
「間に合わせてみせるさ」 
 要の疑いを愚問だと言うように何もない堤防沿いの道に車を走らせるカウラ。フロントガラスには近辺の地図とラーナから送られてきている法術反応のデータが表示されていた。
「廃病院で鬼ごっこ。こりゃあ楽しくなりそうだ」 
「不謹慎ね、要ちゃんは」
「そう言うオメエも顔がにやけてるぜ。戦闘用の人造人間の闘争本能でも出てきたのか?」 
「まあ否定はしないわよ。でもまあ……辻斬りの犯人に茜ちゃんより先にお目にかかれるとは……運がい良いのか悪いのか……」 
 振り向いたアイシャの目がぎらぎらと光るのが誠の目からも見て取れた。
「あのー。嵯峨警視正は?」 
 誠の言葉ににんまりと笑う要がいた。その姿に誠の背筋が凍りつく。
「ラーナの奴が連絡済だ。今のところアイツが動いた気配が無いところから見てアタシ等が本当に例の辻斬りかどうか確認するまで動けない状況なんだろ」 
「まーそれは残念。みんなまとめて捕まえちゃいましょうよ」 
「クラウゼ。気軽に言うものだな」 
 アイシャを口ではたしなめているカウラ。だがそのバックミラーに映る彼女の顔は楽しいことが待っているとでも言うように微笑みに満ちていた。誠はそんな雰囲気に飲まれないようにと唇を噛み締めて銃を握り締めた。
 急カーブを切ったスポーツカーの中で誠は思いきり顔面をショットガンに打ち付けた。
 そして車は急に止まる。川べりに立つ巨大な廃墟。こんなところがあったのかと誠は度肝を抜かれた。
「こんなところがあるんですね……って!」 
「ごちゃごちゃ言うんじゃねえよ!とっとと下りろ」 
 要に蹴飛ばされて何とかカウラのスポーツカーの狭い後部座席から転がるようにして廃病院の中庭に出た。
「なんでも……菱川重工の併設病院ができたおかげで経営が行き詰まってこうなったらしいわね……って走るわよ」 
 いつものようにどこから仕入れたか怪しい言葉を吐きながらアイシャが銃を持って走り出すのに誠達も続く。割れた正面玄関の扉はガラスもほとんどが砕け、それを固定していた針金も朽ち果てていた。
「本当にお化けが出てきそうよね……要ちゃん、平気?」 
「何でアタシに振るんだ?」 
「こういうとき要ちゃんみたいなキャラがお化けが苦手でお荷物になると面白いかなーとか思ったんだけど」 
「アニメの中じゃねえんだよ。アタシはお化けよりよっぽど生きている人間の方が恐ええよ」 
 そう言うと要が先頭を切って割れたガラスに気をつけながら病院の中に入った。
「こりゃあ……見事な廃墟だ」 
 要の言葉も当然だった。壁は落書きに覆われ、あちこちに雑誌や空き缶が転がっている。足元を見れば焚き火をした後らしき焦げた跡まである。
「間違えて悪戯しにきた餓鬼を殺さないようにするには一番の得物だな……」