小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 6

INDEX|64ページ/77ページ|

次のページ前のページ
 

 北川と呼ばれた革ジャンの男の笑み。自分が斬り殺されるのを覚悟しながら恐怖に震えるしかない自分に呆れながら水島は考えていた。
『助けてくれ!』 
 次の瞬間、振り下ろされた桐野の刀は何も無い畳に突き立てられた。桐野はその独特の感覚から一瞬だけ干渉空間が目の前に展開されたことを悟った。すぐに備前忠正の刃に目をやる。
「刃こぼれは無いか……」
「何言ってるんですか?旦那。逃げられちゃったじゃないですか」 
 北川はそう言うと水島が消えた畳を丁寧にさする。
「いい飼い主が見つかったようだな。他にも空間制御系の能力者、しかも有力な奴を飼っている。なかなか面白い展開だ」 
 暗がりの中に光る刃をじっくりと眺めた後、静かに鞘に収める桐野。その不満そうな表情を見ると北川はいかにも滑稽なものを見たというように爆笑を始めた。
「何がおかしい」 
「旦那……せっかくの得物に逃げられて無様に刀を納めるなんて……」 
「そういうオマエは逃げられてそのままで帰るつもりか?」 
 不愉快そうにつぶやく桐野に笑みを浮かべると北川は長身の桐野の耳元に背伸びをしてつぶやく。
「なあに、相手の法術師はやり手みたいですが……詰めが甘いですね。飛んだ先も俺のテリトリーの中ですよ。場所は割れてます。行きましょう」 
 そう言うとそのまま部屋を出て行く北川。彼の背中を見ながら桐野は剣を手に古いアパートの壁をさすりながら用がなくなった部屋を後にした。


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)49


 水島のアパートまであと少しというところだった。信号待ちのためにカウラは車を止めた。
「おい、西園寺……何かあったのか?」 
 カウラは後ろの席の要に声をかけた。右足を車の後部座席に突っ込んだまま右手を耳に当ててじっと動かない要。それは彼女の脳の中に埋め込まれた通信端末にアクセスしている時の彼女らしい態度だった。
「西園寺さん……」 
 心配して声を掛けた誠の顔面に要の右ストレートが炸裂する。そのまま誠の体はアイシャの頭のある助手席の背もたれに激突する。そしてすぐに苦々しげな笑みが要の顔に浮かんだ。
「どこかの馬鹿野郎が水島のアパートにカチコミをかけやがった。騒ぎを聞きつけて駆けつけた巡回の警官二名が重傷だ」
「後手を踏んだか……で?そのあとは?」 
 いつもなら車が傷つくと文句を言うカウラだが冷静に後部座席の要に振り向いて尋ねる。隣ではアイシャがすでに端末を取り出して検索を掛けていた。
「出てきたのはダンビラ片手の大男だそうだ。防弾ベスト越しに二太刀浴びせた後は忽然と銀色の円盤の中に消えたそうだ……そりゃあ干渉空間だな。やられたよ」
 要はそう言うと制服のポケットに手を伸ばしてタバコを取り出したがさすがにそれを許すほどカウラは寛容ではなかった。睨み付けられるといつもの卑屈な笑みを浮かべて要はタバコを仕舞った。 
「警察も非常線を張ってるみたいだけど……空間跳躍をする相手に何をやっているのやら……。それにしても先を越されたわけね……どうするの?」 
 助手席で携帯端末の検索結果から視線を離したアイシャの目がカウラに向かう。誠はただ黙って指揮官の表情のカウラを眺めていた。
「西園寺。他に死者や怪我人は出ているのか?」 
「怪我したのは警官だけ。斬り付けられた時に悲鳴を上げてそれに驚いて飛び出した近くの住人がいるそうだが……顔とかを見る余裕も無かったらしい。単独犯かどうかも定かでは無いみたいだな」 
「カウラちゃん。こうなったらいっそのことのんびりと怪我をしたおまわりさんの回復まで待ちましょうか?」 
 アイシャの笑み。明らかにカウラを挑発しているような雰囲気のその言葉がカウラに迅速な行動を強制していることだけは確かだった。誠はそんな彼女を一瞥した後あごに右手の親指を当てて考え込んでいるカウラに視線を移す。
「例の人斬りかどうかは分からないが、警官相手に冷静に刀を振えるそういうことに慣れた人物。それに大男の仕業かどうかは別として干渉空間を展開できるだけの法術師が動いている。ターゲットが留守だと言うのに行われた騒ぎだとしたらとてつもない馬鹿だったと言うことだが……そんな馬鹿が今まで東都警察の捜査網に引っかからないで闊歩していっとは考えにくいな」 
 カウラの推察にアイシャは同感というように頷く。
「恐らく水島とは顔を合わせたが逃げられた……斬殺魔以外にも水島さんとやらに接触している勢力があるわけね……しかもこちらも干渉空間を展開できる手練れ付き。厄介なことになりそうじゃないの」 
 そう言うとアイシャはそのまま助手席の扉を開けてカウラの赤いスポーツカーの後ろに回りこんだ。カウラはそれを見てトランクの鍵を開ける。開いたトランクに上半身を突っ込んだアイシャはそのまま鮮やかなオレンジ色に染められたショットガンを取り出した。そしてそのまま車中にショットガンを突き出してくる。夕闇の中、あまり車の通りの多くない大通りの中央で銃の受け渡しをしている姿は極めて目立つものだった。誠がなんとか銃を受け取りながら周りを見るといつの間にか何人かの通行人が珍しそうに歩道で立ち止まっているのが見える。アイシャが東都警察の制服を着ていなかったら通報されていたかもしれない。
「要ちゃん。ラーナちゃんに連絡つく?」 
「例の警邏隊に仕掛けたアストラルセンサーか?頼りになるかねえ」 
「他に手段が無い」 
 渋る要を一瞥した後カウラはそう言うとアイシャから銃を受け取ってそのままダッシュボードを開けた。中にはオレンジ色の紙箱が入っている。カウラはそれを躊躇無く開け、中から取り出した低殺傷性弾薬を薬室に装填する。
「誠ちゃんも」 
 助手席に戻ったアイシャから低殺傷弾薬を受け取った誠もまねをして初弾を装填する。要も同じく銃を手にしてにんまりと笑いながら弾を込め始める。
「どこまで干渉空間を使っての転移ができるかはわからないが……突然の襲撃を受けてとなればそう遠くには飛べないはずだ。上手くいけば警邏隊のアストラルゲージに動きが見れるはずだ」 
「あくまで希望的な推測だと言うわけね」 
 そう言うとアイシャは自分の銃を手にして初弾を装填した。
「人事を尽くしたんだから後は天命を待ちましょう」 
 アイシャの言葉に誠達は大きく頷いた。
 

 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)50


 飛び込んだ銀色の板の向こう側。埃のたまったコンクリートの上に頭を打ち付けて水島は困惑しながら周りを見渡した。
 暗い。すでに日没後だ。しかもあたりを見れば壁材が剥がれて裏のコンクリートが露出した壁で覆われた一室。元はマンションだったのか、事務所だったのか、それすら分からないほど何もない空虚な部屋。じっとここに座っているほど水島の肝は据わっていない。
 まず水島はとりあえずこの場から遠くに去ろうと比較的ましに見えたアルミ製の扉を開いてそこに飛び込む。
 人気はない。見渡せば廊下のような場所だった。遙かに続く薄暗がりの中、先ほど振り下ろされた日本刀がどこにも見えないことに気がついて安心した水島はその場にへたりこんだ。
『これまたずいぶんとおどろいちゃって……』