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遼州戦記 保安隊日乗 6

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「自分の能力はどんなものなのか?東都警察はそれをどう見ているのか?同盟司法局は?そして僕らは?こんな話を聞く相手、そうはいないと思うんだけど」 
 確かにその通りだと水島は思っていた。自分の経験など法術と言う奇妙な存在がこの国で知られるようになってからはまるで役に立たない。
 会社を解雇され、住む場所を失って居場所を探すのにも苦労して、そしてこうして目的を見つけたとしてもそこには悪意に満ちた会いたくも無い化け物達が待ち構えている。
「それなら僕は……どうしたら良いんだね?」 
 ようやく搾り出した言葉にクリタ少年はうれしそうな表情を作った。
「ようやく分かってくれたんだね。じゃあ……少し待っててくれるかな」 
 そう言うとクリタ少年は湯飲みを置いて立ち上がった。黒髪の少女もまた仕方がないというような表情を浮かべて立ち上がる。そしてクリタ少年は背後の何もない空間に銀色の板を展開させた。『干渉空間』と呼ぶというその空間は空間制御系法術師が展開できる能力だという説明はクリタ少年から以前受けていた。その板は少年の意識によるコントロールでどんな場所ともつなげることができる。この家に突然現われる少年の行動で水島はその事実を思い知らされていた。
「とりあえず僕のボスに話をつけてくるから。安心して待っていてくれても良いよ。それと東和警察や保安隊が来たら抵抗しないでそのまま捕縛されても……」 
「逮捕されろと?本当に大丈夫なんだね?」 
 弱みを握られたような表情で水島は干渉空間に消えようとするクリタに声をかける。
「なに、外交官特権でどうにでもできるからさ。数日くさい飯を食べていれば自由の身さ」 
「自由……?ふざけたことを」 
 つい本音を水島がこぼしたのを見ると黒髪の少女が初めて見るような素敵な笑みを浮かべた。
「じゃあね」 
 クリタ少年の言葉とともに干渉空間は消滅して何も無い部屋に戻る。
「食べる為なら何でもするさ。この国が僕を必要としていないなら僕を必要とする悪魔にでも魂を売ってやるよ」 
 つぶやいた水島。そしてそのまま自分の注いだままで冷めている茶をゆっくりと飲み干して立ち上がると手にしてい行政訴訟の判例集のノートを思い切りよく引き裂いた。


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)48


 トレンチコートの男は夕闇が迫る路地に立っていた。その目の前には古びたアパートがある。男は周りを見回した。子供の声が遠くで聞こえるが見る限り人影は無い。それを確認すると桐野孫四郎はコートの下からまるで図面でも入れるためのような長い紙の筒のふたを開けた。逆さにして滑り出した物の重量がどっかりと桐野の左手にのしかかる。それは図面などではなく真剣だった。『備前忠正』。桐野はダミーのつもりで入れいていた図面入れを投げた。そしてそのまま朱塗りの鞘を静かに払って鞘をベルトに指した。その動作はあまりに自然だった。アパートの一階に並ぶ洗濯機の列の乱れて汚れた感じと比べれば桐野の一連の動作の方が理にかなっているように見る者がいれば思ったことだろう。だが誰もその姿を見る者はいない。そして桐野はさも当然のようにそのままぎしぎしときしみをあげる作りの悪い階段を昇った。
 彼の意識はすでに人を斬るときのものに切り替わっていた。意識でたどれる範囲では法術の気配は無かった。アパートの二階の四つの部屋。目的の一番奥の部屋までの三つの部屋には人の気配自体が無かった。このアパートに着いた直後に桐野を襲った脳髄を刺激するほどの力の存在はすでに消えうせていたのが残念に感じられた。
「時間だな」 
 そう言うと桐野は目的の扉に向けて体当たりをかました。安い板とアルミの枠でできた扉は大柄な桐野の体当たりで見事に押し破られた。
「うわ!」 
 飛び込んだ部屋の中に一人のうだつの上がらない中年男が腰を抜かして倒れている。突然の出来事に混乱しているのは見れば分かる。桐野はすでに何人もの人を殺めたが、彼の手にある真剣を見て驚くその表情はどれも同じで時々デジャブーを見ているような気分になる。今もまたそんな気分で腰を抜かしたままじりじりと部屋の奥へ這っていく男を玄関先で見下ろしていた。
「失礼したね……どうやら驚かせてしまったようだ」 
 そう言うと桐野はそのまま土足でアパートの一室に上がりこんだ。男は奥の窓の下に張り付いてただ震えながら桐野を見上げている。意識してか、無意識にか。その手にしている引き裂かれたノートが何かをその貧弱な男が決意したことを示しているように桐野には見えた。
「水島……勉さんだね」 
 自分の間合いに入ったところで静かに桐野は男に尋ねた。そのいかにも平和に慣れ親しんできたと言う水島の顔の周りの肉。自分のこれまでの境遇とはあまりにかけ離れたその造形に桐野にはふつふつと殺意が沸き上がってくる。だがそれに身を任せるのはいつでもできることだった。窓から没した太陽の残り火が差し込む中、桐野は黙って震える水島を見下ろしていた。
「そう……ですけど……あなたは?」 
 泣き叫ばないだけましなのか。桐野は震えながらも自分の名前を聞いてくる水島を見て少しばかり感心した。顔は恐怖で引きつっているが、桐野の頭の中を必死で探っている水島の力のかけらは感じている。力には力で応じる主義の桐野は右手に握った刀の柄に力を込めた。
「なんだ……旦那。先にはじめちゃったんですか?」 
 入り口の壊れたドアを呆れたように見つめている男がさらに現れた。その革ジャンと洗いざらしのジーンズ。その姿を見て水島の表情が明るく変わる。しかし、その希望は馴れ馴れしく桐野に話しかけている事実を見れば自然に霧消する儚い希望に過ぎなかった。
「さっきまでいたのは……どこですかね?ゲルパルトのネオナチの旦那達……東モスレムの原理主義者連中……それとも?」 
 革ジャンの男、北川公平は見慣れた桐野の手荒いやり口に苦笑いを浮かべながら目の前で震えている水島に気づいてそれを見下ろした。水島はその目を見てすぐに気づいた。その革ジャンの男の方が刀を手にした大男より信用に足らない。おそらくは革ジャンの男が今回の襲撃を仕組んだ本人で刀の大男はただの手駒に過ぎない。
 水島は混乱していた。クリタ少年の言葉通りなら彼の部屋の前には紳士的な東都警察の捜査官か兵隊やくざの保安隊の武装隊員が現われるはずだった。だが目の前にいる二人は警察官にも軍人にも見えない。無頼漢。まさにその言葉がぴったりと来る二人のコンビをただ黙って見上げる水島。
『おじさん……ピンチなの』 
 頭の中でクリタ少年の声が響いた。
「なんでだ!話が違うぞ!」 
「話が違う?なにも俺は話してないですけど……」 
 革ジャンの男の言葉に水島は我に返った。
「北川。たぶんこいつはどっかの勢力に買われたんだろ。そいつからの思念通話だ」 
 落ち着いて分析してみせる刀を手にした桐野の死んだような表情に水島は死を直感した。ゆっくりと刀が振り上げられる。
「飼い主が決まるまで静かにしていれば良かったのにねえ……それともたった今落札されたところかな?だとしたら運が悪かったね」