遼州戦記 保安隊日乗 6
「要ちゃん……すぐに身辺に張り付くつもりなの?ラーナちゃん!水島とかいう人の以前の住所は分かるかしら?」
「ええ、……城東区砂町……」
「なるほど、まずは都心の事件の裏づけを取るのか」
納得したように要もコートに手を伸ばす。ラーナは二人とは別に再びキーボードをたたき始めた。
「それでは水島の動向についても警邏隊に把握してもらう必要があるな。ラーナ、頼む」
カウラもそう言うと椅子にかけていたジャンバーを引っ掛ける。誠も遅れまいと同じくジャンバーを着た。
「寺町交番には資料を回しておきます。それとデータ再確認の為に私はここに残りますね。十五人の動向も気になりますから」
そう言うと再び端末に集中するラーナ。
「じゃあ行くか」
要の一言で頷いた誠達はそのまま倉庫のような部屋を後にした。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)42
「これは……港湾部の難民租界と大差無いな」
巨大なトレーラーをやり過ごしてそのまま埋立地の道に車を走らせながらカウラはつぶやいていた。冬の東都城東区。埋立地に向かうトレーラーには基礎工事に使うのだろう巨大な鉄骨がむき出しのまま積み重ねられているのが見えた。走る車は業務用の車両ばかり。去年から本格的に始まった城東沖の埋め立て工事がいかに大規模なものかと言うことを誠達に知らせるには十分すぎる車両の列が続いていた。
「アパートなんかあるのかよ」
「地下鉄の駅が近いからその周辺にはあるんじゃないの?」
要の言葉に助手席のアイシャが紺色の長い髪の枝毛を気にしながらぶっきらぼうに答える。誠も臨海部と言うと危険地帯の難民租界近辺ばかりを思い出していたが、目の前の次第に海へと拡張していく街の端っこと言う光景を見ると別世界のように思えた。
「人が住むには向かないところは租界と一緒か……だけどあっちの方がとりあえずとはいえ人が住んでるだけましかな」
つぶやいた要に誠も自然に頷いていた。大型車の絶え間ない通行に瀕死の道路のアスファルトの割れ目から地下水が絶え間なく湧き出す様が目に飛び込んでくる。
「これは……帰ったら洗車しないとな」
カウラはそうつぶやくとようやくビルの基礎工事をしているらしい一角にトレーラーが入っていくのを避けながら車を加速させた。
「でもまあ……数年立ったらここら辺のビルもマンションだかオフィスだかができるんでしょ?そうなればにぎやかになるかもしれないじゃない」
「アイシャ……おめでてえな。一発不況が来ればゴーストタウンの出来上がりだ。どうなるかわかったもんじゃねえよ」
「ずいぶん慎重なのね、要ちゃん……何か悪いものでも食べたの?」
「今朝はオメエと同じものを食った……そうか、オメエも悪いものを食ったから変なのか」
いつものように一触即発の二人を見ていた誠。まっすぐ続く道の片隅にようやくコンビニエンスストアーと完成しているビルらしきものを見つけてほっとして運転中のカウラに目をやった。
「あそこのコンビニの近くだな」
カウラはそう言うと走る車の無くなった道で車を加速させる。小さな点のように見えたコンビニエンスストアーの建物が三階建ての比較的新しいビルでその二階より上がアパートになっていることに誠も気づいた。
「コンビニの近くって言うか……コンビニの上じゃん。水島とかいう奴はコンビニの店長だったのか?」
要の言葉に誠は曖昧な笑顔を浮かべて再び目の前のコンビニに目をやった。
意外にもコンビニには客が多く見られた。
「結構にぎわってるな……まあこれだけ工事現場だらけで他に競争相手も無いんだ。独占企業の利益とかいう奴かね」
助手席から降りると周りを見て回っているアイシャが降りるのにあわせて体を乗り出した要の言葉。誠は苦笑いでそれにこたえた。
「あそこ……駅?なんでまたこんなところに」
アイシャが遠くの建物を指差す。そこにはいくつもの地下鉄の出口が見てとれた。周りは造成中で枯れた草だけが北風になびいている。予定された未来のために作られた駅。現在はただ郊外から都心に向かう通勤客に停車時間の分だけ苛立ちを供給する要素以外の効果は無いだろう駅を見て誠もこの荒れ地に住むことの異常性に気がつきつつあった。
「まともな神経の持ち主なら逃げ出したくなるのも当然だな」
そう言うとカウラはコートから携帯端末を取り出した。
「水島勉……32歳。大手印刷会社の営業部に所属していたが四ヶ月前に退職。自主退職となっているが……これは事実上の法術師外しだな。一部の同期の面々が個人加盟組合をバックにつけて退職の取り消しを求めて裁判で係争中だ。全員が法術適正者。そう遠くないころにマスコミが騒ぎ出しそうな話だ」
誠も何度か同じような話を聞いたことがあった。東和政府は公式には法術師の差別行為には労働局の強制査察などの強硬姿勢で臨むと宣言していた。だが実際は査察が行われたケースではすべて裁判所の命令によるものだった。遼南などの著しい経済復興で経済の成長が鈍化していることに危機感を募らせている財界が競争力確保の為に法術師を狙い撃ちしてリストラを行っていると言う話は嫌と言うほど聞かされていた。
誠達はコンビニの駐車場で車を降りた。荒涼とした造成地を眺めながらアイシャは眉をひそめている。
「こんなところで無職……一日じっとしてるわけ?おかしくなっちゃうわよ」
「なんだよアイシャ。テメエなら一日中アニメが見れるって喜ぶんじゃねえのか?」
要の突っ込みに手を叩いて笑みを浮かべるアイシャ。
ただでさえ女性が珍しい埋め立て地のコンビニにエメラルドグリーンや濃紺の色の髪の長身の女性が周りを見渡していると言う状況には昼時の近くの工事現場に出入りしているらしい作業員達の注目を集めるには時間がかからなかった。
「おい、見物に来たわけじゃねえんだぞ。とっとと奴さんのお部屋とやらを拝みに行こうぜ」
要は手に管理事務所から借りた鍵を持って颯爽と歩き始める。店の前でタバコを吸っていた客の視線は要について動いているのが誠にも分かり次第に自分の頬が朱に染まっていくのを感じていた。
「誠ちゃん……どうしたの?」
明らかに自分が注目を集めていることを知りながら振り返るアイシャ。ただ何もできずに誠はそのままアパートの階段を登る要達の後に続くだけだった。
生活感が感じられない。階段を登りながら誠が感じたのはその事実だった。
「やっぱり誰もいないアパートはさびしいもんだな」
あちこち眺めながら要がつぶやく。彼女が寮に来る以前のマンションには他の同居人はいなかったが警備員が駐在していたので何とか人の住むところらしさを感じたが、このアパートにはそんな雰囲気すらなかった。二階に上がった四人の目の前には五つのドアの郵便受けから飛び出す雨に濡れてぐったりしたようなチラシがあるだけで他の気配は何一つ感じなかった。
「203号室ね」
アイシャはそう言うと鍵を奪って真ん中のドアにたどり着いて電子キーをセットする。鈍いモーター音とともに扉の鍵が解除される。
「何が出てくるんだ?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



 

 
    