遼州戦記 保安隊日乗 6
ニヤニヤ笑う要。誠にはただ異様な雰囲気ばかりが感じられて、思わず逃げ出したくなる自分を押さえ込んでいた。
「行くぞ」
開いたドアに入っていくアイシャに刺激されたようにカウラが誠の肩を叩いて部屋に入るように促す。仕方なく誠も冬だと言うのに妙に暖かい空気が流れてくる部屋に入っていった。
「普通だな……」
靴を脱いですでに部屋の真ん中に立っている要の言葉に誠も頷くしかなかった。染み一つ無い壁。天井も高く白い壁紙に覆われている。
「ちょっとこれを」
カウラはそう言うと携帯端末並みの小さな機械を取り出した。残留アステロイドデータ測定器。ラーナに与えられた機械を部屋の中心に設置するとその小さな画面に起動状態を示すマークが映りだした。
「これも証拠能力は無いんだろ?」
「しょうがないじゃない。今のところは水島とか言う人がこれまでの違法法術発動事件に関与している可能性があるくらいのことしか分からないんだもの。これで反応が一致すれば東都警察も彼の犯行当時の動向を捜査してくれるでしょうし、上手くいけば任意で引っ張れるかもしれないわよ」
「なんだよ、アイシャ。オマエもアイツを引っ張りたいんじゃねえか」
アイシャの言葉にニヤニヤ笑う要。カウラは一人機械が求めるコマンドを入力していた。
「それにしても……もしかしてこの一室だけですか?入居していた人がいるのは」
誠の言葉に要は呆れたように頷いた。
「条件としては結構いい物件じゃないの。駅は見えるほど近いし……確かに殺風景で今の季節は冷えそうだけど」
「さっき住むのはごめんだと言っていたのは誰だかね」
思わず窓ガラスに手を伸ばすアイシャ。彼女の言葉に要が皮肉を込めてつぶやく。アイシャが開いた窓。そこからみえるのは基礎工事の為に杭を打つ機械の群れだった。
「まあ……この光景がいつまでも続くわけじゃないだろうからな。造成が終わればそれなりの街になるって言うのに」
「そうも行かなかったんだろ。突然リストラされて……何かを変えたかったんだろうな」
カウラは静かにそう言うと水島勉の経歴書を携帯端末に表示させた。
「一応名門の私大の社会学部を優秀な成績で卒業。その後会社では営業マンとして務めているが……成績は芳しくないな」
「よくある話過ぎて笑いたくなるね」
そう言いながら要は新品の白い壁紙を撫でていた。ひとたび沈黙が部屋を支配する。
「解雇後は独学で司法試験受験で知られる豊川の明法大学の法科大学院試験に合格……」
「会社員失格の後は資格を取って独立ねえ……まじめそうな奴だね。不器用を絵に描いたような経歴だな」
要はそう言うとそのまま部屋の中央のアストラルゲージの計測器に歩み寄った。
「これで……結果が出るだろうな」
中央の小さな機械を手に取ったカウラ。そしてそのまま画面を操作する。何も無い空間にいつものようにアストラルパターンデータが表示された。
「これをカルビナに転送して……」
「お仕事終了ね」
そう言うとアイシャは大きく伸びをした。要は飽きたというようにそのまま玄関に向かう。
そんな二人を見ながら誠はなんとなく外の杭打ち機を眺めていた。
「何か見えるのか?」
カウラに声をかけられて誠は我に返った。そして外の建築用機材の群れを見ながらしばらく眺めていた。
「こんな街……」
「街とは言えねえだろ。ただの工事現場だ」
外を眺める誠にそう言いながら一緒に外を見る要。二人とも明らかにこの部屋が異常な場所であると言うことを確認していた。
「夜はこの下のコンビニの店員と工事現場を警備する警備員だけ……さびしいところね」
アイシャはそう言いながらコートの襟を直す。その動作にカウラも苦笑いを浮かべながらアストラルゲージの終了を始めていた。
「この部屋で暮らすのを選んだ……先を見るにしてもほどがあるよな。確かに空気が読めなくて会社を解雇になるには十分な神経の持ち主だな」
そう言うとそのまま要は玄関に向かった。
「何年か経てば人気スポットになりそうだけど……どうなるか分からない時代だから」
呆然と目の前の道路を通過していくトレーラを眺めている誠の肩に手を乗せるアイシャ。カウラはそれを見ても気にしないというように終了したアストラルゲージをコートのポケットに収めた。
「水島とかいう人物は人間が嫌いなのかな」
「好きだったらこんなところで暮らせるわけ無いわよね。でも……そんな人物が他人の能力を乗っ取って犯罪に走る。なんだか不思議な話よね」
「不思議?むしろ当然じゃねえのか?誰でも彼でも人であると言うことだけで憎むことができる人間はいるものだぜ。まあめったにお目にかかれねえが今回の水島何がしとかいう奴もそう言う人種だったと言うことだよ」
カウラ達の雑談に一区切りつけるとそのまま要は外へと出て行った。外の冬の冷たい外気がこもった部屋の中に舞い込んできて誠達を包む。妙に生暖かい空気から開放されて誠は一息つくと玄関に向かった。
「西園寺の言う通りなんだろうな。たまにはアイツもいいことを言うものだ」
そう言いながらブーツを履くカウラ。誠は靴を履く二人から再び視線を窓の外へと移した。
「どんな人物なんでしょうね」
「すぐに会えるわよ。まあ私は会いたくないけど」
アイシャはそう言いながらパンプスを履くと大きく伸びをして廊下へと消えていった。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)43
水島勉は第六感というものを信じないリアリストだと自分を思っていた。
今日は自習の為に訪れた図書館にも例のクリタ少年は現れなかった。そしてその帰り道、自転車で走っていても特に彼に注目する人などいないことは分かっていた。
だが明らかに何かに監視されているような感覚はあった。
『まさか……法術絡みの件となれば現行犯逮捕が基本のはず。これまで法術発生と俺の関係は立証されていないはずだから捜査が俺のところまで及んでいるわけがない。たとえ法術の発生と俺の因果関係が立証できても起訴まで行くかどうか……』
商店街の上のアーケードが冬の北風を受けてばたんばたんと唸りを上げる。だが気にすることなく水島はペダルをこぎ続けた。
周りには法術師の気配は無かった。
『力がある人間がいなければ俺も無力なんだな』
自分の能力を思い出し、少しばかり自虐的な笑みを浮かべた。
その時だった。
一瞬だが明らかに以前の法術暴走で死んだ被害者と同じ力のある法術師の存在を感じた。背筋に寒いものが走りペダルを踏んでいた足がずれて思わず転倒しそうになるがなんとか自転車の体勢を立て直した。
「……大丈夫ですか?」
目の前の『あまさき屋』と言うお好み焼き屋の暖簾を出していた女子中学生に声をかけられる。
「は……大丈夫……大丈夫ですよ」
何とか言い訳をするがそこで力の源となる法術師の気配が残像であることを理解した。
『この店……法術師の気配が染みついていやがる……もしかすると保安隊の法術師でも通っている店なのか?』
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



 

 
    