遼州戦記 保安隊日乗 6
「確かに人が隠れるには街が一番ですものね。それにしても辻斬りなんていう古風な犯罪。できる人物が限られていると言うのに……。司法局の上層部はこんなイカレタ人間一人見つけられないのかと、私達を無能と思っているかも知れませんわね」
要は長い髪を静かに掻きあげると再びおさげ髪の少女に目を向けた。ランは見た目とは違ってまるで自分より年下の子供を心配するような視線で茜を見上げている。
「そんな自分を責めるんじゃねーぞ。あの化け物……桐野孫四郎か。簡単に捕まるなら司法局の出るまでもなく所轄の連中が誇らしげに連れてきているはずだろ。しばらくは我慢するしかねーよ。それにこの一月被害者が出てねーんだ。これも茜の手柄と言っていーんじゃねーのか?」
乱暴だが余裕のある言葉遣い。それが見た目は子供でもこの人物がいくつもの経験をつんだ古強者であることを証明しているように見える。
ランは静かにコーヒーのカップを置くと平らな胸のポケットから端末を取り出して画像を表示した。
「オメーの指示であいつ等がようやく捜査に区切りをつけたらしいや」
表示された立体映像には十五人の容疑者の映像が映し出される。満足げに頷く少女ランと茜。
「実働部隊隊長……いえ、保安隊副長としては感無量なんじゃなくて?」
「まあな。あいつ等も多少は使えるようになってきたわけだ」
思わずランの頬に笑みが浮かぶ。それを見て茜もうれしそうな表情を作る。
「さて、これからどう事件を纏めるか……期待してるぜ」
ランはそう言うと立ち上がる。
「あら、クバルカ中佐」
「いやあ、実はこれから教導隊の連中と打ち合わせだよ。ったく面倒な話さ、人を育てるってのはよ」 らしくないと言うように肩をすぼめたランはそのまま周囲の関心を引きながら手にしたコートを纏めて持ってそのまま食堂から出て行った。
そんなどこかはかなげな少女を茜はほほえみで見送っていた。
「できれば人斬りと今回の事件が無縁でありますように」
茜はそんな独り言を残して立ち上がりそのままランの後を追って行った。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)34
相変わらず暖房の効きが悪い豊川署の詰め所。じっとしていることが性に合わない要がうろうろと歩き回っていた。
「どうだい」
十分に一度のペースの話だった。要はそう言うとラーナがじっと見つめているモニターを覗き込んでいた。そこには警邏隊のアストラルデータの値がグラフで表示されている。
「そう簡単に見つかれば楽できるんですけどね」
そう言うとラーナは椅子の背もたれに体を預ける。軋む椅子。その音に驚いたようにラーナは背筋を伸ばした。
「ある程度絞り込めれば後は私達でもどうにかなるだろう。いや、正確につかめない方がいいな。素人の警察の連中でも分かるデータが出てしまえばこれまでの怒りの持って行き場が無いからな」
さすがのカウラもこれまでの警察のやり方には腹に据えかねるものがあったのだろ。そんな珍しい感情的な言葉にアイシャも頷く。いつもなら合いの手を入れる彼女が浮かない顔で黙っているのを見て誠はアイシャのモニターを見た。そこではネットオークションで同人漫画を落とそうとしているらしい様子が見て取れた。いつものことだ。誠は大きくため息をついてつまらなそうに画面を終了するアイシャを見つめていた。
「他人任せってのは……どうもねえ。しかもその他人に手柄を取られるのはどうしても避けたいとなるとこれもまた……」
そんな要の言葉に全員が同意するような雰囲気をかもし出している。誰もが部屋に閉じ込められてこうしてデータだけを与えられる情況に飽きてきていた。
「あと定時まで30分か……あまさき屋を冷やかすか?」
「それはいいんだけど……よかったのかしら。支給されたショットガンをみんな隊に送っちゃって。確かに慣らしも済んでいない銃じゃあ使えないのはわかるんだけど……でも後でチェックされたらどうするの?」
アイシャの言葉にカウラとラーナの視線が要に向かう。要はめんどくさそうに椅子に腰掛けると端末を起動していた。
「犯人に逃げられたら終りだろ?良いんだよ。名人は道具も選ぶもんさ」
「誠ちゃんも名人に入れる訳?」
冷やかすようなアイシャの声に誠は要に目を向ける。要は一瞥した後大きくため息をついた。
「そんな……僕だって多少は上手くなったんですよ」
「多少はな……だかそれじゃあ本番にはどうなるかわからねえ」
相変わらず誠をからかう調子の要。誠にも多少は意地があるむっとしてタレ目の要を睨み付けた。
「そんなに気になるなら……西園寺。突入の時は神前と組んだらどうだ?」
カウラの冗談に要はいかにもめんどくさそうな表情を浮かべる。その顔を見て誠はいつもどおり落ち込んだ。
「それもこれも……ちゃんと犯人が見つかってからの話ですからね」
相変わらずラーナは画面に張り付いたまま手にしたせんべいを口に放り込んでいた。
「アストラルパターンデータ。便利ですよねえ」
突然のアイシャの言葉に視線が彼女に集中する。
「だってそうじゃないの。確かに法術の研究は誠ちゃんが全世界的に存在を示しちゃった『近藤事件』の前から進んでたけど……それにしてもなんだかどんどん対応製品が出てきて……恐くならない?」
「まあな。その筋の専門家はうちじゃあヨハン・シュペルター中尉殿だが……。実際法術研究はどこまで進んでるのか表にまるで出てこないからな。あいつも実際どれくらい自分が知っているのかなんて絶対に言わないからな……そんなに秘密ばっかり抱えてるからあんなに体が膨らんじゃうんだよ」
アイシャに言った要の言葉の中のヨハンのことを思い出して誠が噴出す。外惑星の国家、ゲルパルト共和国出身の若干成人病が気になる体型の大男を思い出すと自然と誠は笑いが浮かんできてしまった。だがヨハンが法術に関する専門家だと知ったのは『近藤事件』での胡州海軍の演習空域で誠が叛乱軍の近藤中佐貴下の部隊と衝突する直前の話だったことを思い出した。それまではただの技師。要達もそう教えられていたとことの後で聞かされた。それほど法術の存在は丁寧に隠蔽されてきたものだった。
一度気になり出すとどこまででも疑問が膨らむ。
「やっぱりどこまで研究が進んでるのか……気になるな」
エメラルドグリーンのポニーテールの毛先を弄っていたカウラが目があった誠につぶやいた。
「あら、カウラちゃんもそういうこと気になるわけ?意外と『研究が進んでるんだから良いじゃないか』とか言い出しそうなのに」
「そうでもないさ。私だって想像の範疇を超えた力が存在してその力がどのように使用されるか分からないと言うのは不気味に感じるものさ」
「ふーん」
カウラの言葉に納得してみせたアイシャの視線は自然と誠を向いた。
「僕だってこんな力は知ったのは例の事件の直前ですよ」
「私は知ってましたよ」
モニターに目を向けたまま手を上げるラーナ。その突然の行動に要が立ち上がる。
「どこでこいつが法術使いだって……」
「一応トップシークレットですから」
「けっ!つまらねえな」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



