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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 アイシャのサービス精神に杉田はきびすを返すとそのまま部屋を出て行った。先ほどまでイライラを溜め込んだ表情をしていた要がにんまりとタレ目をさらに酷くしている。
「なに?その顔」 
「いいじゃねえか」 
 要とアイシャ。二人ともニヤニヤしながら席に戻った。カウラは何とか乗り切ったと言うように慣れない東和警察の襟の形を気にしながら席に戻る。
「これで一段落……と言うかしばらくはすることがなくなるわね」 
「そうか?いきなりドカンと本命にぶち当たるかもしれねえぞ。それにしてもこの機械……使えるのか?」
「さあ……」 
 首をひねるアイシャに要は呆れた表情を浮かべていた。
「使えるかどうか分からない機械で何する気だ?」 
 思わず叫んだ要の肩をアイシャが叩いた。
「いい?要ちゃん。相手はこれまでのいたずら以上のことをやってのけた。違う?」 
「まあな。人が一人死んだんだ」 
「じゃあこれまで以上に警戒感が強くなってるわよね。当然身を守るべく法術を発動する可能性は高くなる。これも理解できる?」
 子供をなだめすかすような調子のアイシャの言葉。要も筋は通っているアイシャには頷くしかなかった。 
「地道な市民との協力関係を築いている豊川警察署の皆さんの情報網。多少はあてにしましょうよ。そして十分な事前調査をした後には……あれの出番が来るかもしれないしね」 
 そう言って先ほどの箱の隣の黒いケースを指差すアイシャ。そしてその姿から誠も中身が大体想像がついた。
「ショットガンですか?」 
「低殺傷性のね」 
 誠の質問にあっさり答えるアイシャを見るとすばやく要が立ち上がる。慣れた調子でその一番上のケースを運んできてテーブルの上でふたを開く。
「相変わらず派手な色ね。警察も」 
「実弾入りと区別がつかないとどこでも困るんだよ。元々低圧の制圧弾やゴム弾を使用するんだ。実弾入りのショットガンと同じ色だと最悪バレルが破裂なんてことにもなりかねないからな」 
 そう言うと要はショットガンを取り出しすばやくそのフォアエンドを握り締めて引く。要の顔が何か引っかかるようなことがあるというように曇る。そしてそのまま同じ動作を何度か繰り返してから銃をまじまじと見つめていた。
「弾はここの装備課からの支給になるな」 
 カウラの一言に手にしていた銃を抱えると要は明らかに不満そうな顔をしていた。
「弾も警察持ちか?弾のトラブルでバレルが破裂なんて洒落にならねえぞ」 
 要の言葉にカウラも頷きつつも複雑な顔をした。
「一応これも東都警察の借り物だ。違う系統の弾丸の使用許可など出ないだろうな」 
 そう言うカウラを無視して銃を構える振りをする要。その表情は冴えない。
「確かにキム君の選んだ弾なら信用できるけど……元々こういう非殺傷銃器の扱いなんて素人の東都警察の下っ端のこの署の銃器担当者の選んだ弾でしょ?いざと言う時不発で泣くのは私達だからねえ……」 
 アイシャの表情も冴えない。誠はわけも分からず目の前に置かれたオレンジ色の塗装が施されたショットガンを眺めていた。
「そんなにトラブルとかが多いんですか?低殺傷性の銃弾って……」 
「オメエははじめはリムファイアの22LRのルガーを使ってたからな。あれよりはましだと思うが……」 
 要はショットガンをテーブルに置くとそのまま座って分解を始める。
「元々低圧力の稼動ということで調整されているはずだけど……場所によってはただ色を塗っただけのを支給しているところもあるのよ。そう言うのでセミオートで撃てばこの銃この銃を撃てばさっきのバレルの破裂は大げさとしてもガス圧が安定しなくて……」 
「排莢不良ですか?それとも……」 
「全部だね。銃で問題になるような出来事はいくらでも起きうる。キムの奴のメンテナンスは伊達じゃないんだ」 
 珍しく人を褒める要を見て誠は小火器担当にして部隊の二番狙撃手であるキム・ジュンヒ少尉のごつい顔を思い出していた。
「それじゃあ今回も……」 
「神前。そんなに気にするな。とりあえず手動で対応すれば不発はそのまま無視して排莢すれば問題ない」 
「カウラ。甘ちゃんだぞ。相手は必死の法術師。どうなるかなんて読めないんだからな」 
 要の顔はいつもの残酷さを帯びたまま銃を解体していく。
「どう、要ちゃん」 
「油はちゃんとさしてある……っていうかこいつは一回も撃ってないな……部品のエッジが立ってやがる。慣らしでもやらないとどうなるか分からねえぞ」 
「勘弁してよ……こいつをセミオートで撃ったら絶対トラブル起こすわよ」 
「ならポンプアクションのみで対応しろ」
「冷たいのね、カウラちゃんは」 
 アイシャはそう言うと自分の銃をまじまじと眺める。
「犯人の特定は人任せ。特定できても獲物はこれ。できれば自首とかしてくれないかしら」 
 ポケットから取り出した銃器用の携帯工具入れを取り出す。そしてそのまま要が指でこじ開けた銃身の下にある弾倉部分を開きにかかった。
「そんなに簡単に話が済むなら警察はいらねえな」 
 警察官の制服を着ている要がつぶやくと誠から見てもかなり滑稽な光景に見えた。


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)33


「奴等もかなり本質に近づいてきたみてーで……ひと安心だよ」 
 それは見た目がどう見ても7,8歳の小柄な少女が言う言葉では無かった。ただし彼女の着ているのは東和陸軍と同型の制服。その襟章に中佐の階級章と胸にいくつもの特技章を見れば軍の人間なら彼女がただの少女ではないことはすぐに分かるはずだった。特にそんな勲章の中でも今は無き遼南共和国十字騎士章の略章のダイヤモンドが光っているのは誰もが目にするところだった。その勲章の受章者はたった一人。共和国のエースクバルカ・ラン中佐本人以外にそれを付けて許される人物はいない。
「クバルカ中佐。こちらこそラーナにはいい勉強をさせていただいておりますわ。感謝しなければならないのはこちらの方かも知れません。法術専門の捜査官が急に増えることは考えられませんもの、ああ言った捜査指導はこれからはラーナには必須になりますから」 
 こちらは東都警察と同じ制服。襟の階級章は警視正。ここが東都の遼州同盟司法局ビルの最上階の食堂のラウンジででなければ誰かが声をかけるだろうというような美貌。そんな警視正、嵯峨茜はゆっくりとコーヒーを啜った。
 ふと気が向いたように茜が街を眺める。昼下がりの東都の街並み。二千万人という人がうごめく街は地平線の果てまで続いていた。ランもまた和やかな表情で街並みに目を遣った。
「話は変わるが……それにしても例の馬鹿。やっぱり見つからねーか。うまく隠れているもんだな。まあこんなに広い街だ。すぐに見つかる方がどうかしてる」 
 ビルの続く東和共和国の首都の街を二人は眺めた。ビルと道路とそこにあふれる車と人。ランの故郷である遼南の低い建物が続く街並みに比べて明らかに無機質で複雑に見えた。