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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 ドアの影のアイシャの紺色の長い髪に誠はため息混じりにそう口を開いていた。
「びっくりした?」 
「いえ、慣れましたから」 
「そうつまらないのね」 
 誠の手を離してそのまま消えていくアイシャ。誠は仕方なくそのまま戸を閉じると着替えることにした。とりあえず黒い量販店で値段だけを見て買ったパジャマを脱いで美少女戦隊モノのTシャツに袖を通す。
「はあ……吉田少佐の検索結果か……」 
 ため息をつくと今度はジーンズに足を通した。そのまま寒さに耐え切れずにセーターに袖を通す。一月も終わり。地球と同じだと言う公転周期を持つ遼州の日差しもなぜか冷たい。
 これも量販店で買ったジャケットを羽織ると誠はそのまま廊下に出た。住人に整備班員の占める割合の高い寮は出勤時の騒動の中にあった。廊下を歩いても誠の隣を駆け抜けていく技術下士官が三人もいた。
「僕も急ぐかね」 
 そう言って誠は階段を駆け下りる。そして途中で洗面所に立ち寄った。
「おはようございます!」 
 突然の大声に眠っていた誠の意識が瞬時に醒める。見てみれば技術部に先日転属してきた胡州帝国出身の技術兵だった。年は確か誠よりも二つくらい上。額のほくろが特徴で時々それをアイシャに弄られているのをよく見かける。
「ああ、おはようございます」 
 誠はどうにも年上に直立不動で敬礼されるのがむず痒くなって、無視してそのまま顔を洗っていた。その間も技術兵は敬礼の姿勢を崩そうとしない。
「すいません。そんなに畏まれても……」 
「我が隊のパイロットに対する当然の礼儀であります!」 
「うちじゃあそう言うのははやりませんよ……西とかを参考にしてください」 
「了解しました!」 
 大声で叫ぶ技術兵の迫力に閉口しながら、誠はいつものように誠は食堂のドアにたどり着いた。
「遅い!遅い!」 
 カウラが珍しく大きな声で誠に叫ぶ。彼女の隣には要とアイシャ、そして都内のアパートから来たらしいラーナの姿もあった。
「緊張感が足りないんじゃないですか?」 
 ラーナのきつい一言に頭を掻きながらカウラ達の座るテーブルに席を確保する。
「結果は出たんですか?」 
 そんな誠の言葉にカウラ達は顔を見合わせた。
「法術適正があって時期的に豊川付近に移住している人物のピックアップはできたんだが……」 
 一冊のファイルをカウラが手にしているのが見える。表には写真と経歴。ぱっと見たところでページ数は二三十ページという風に見えた。
「でもだいぶ絞り込まれてきたじゃない。ローラー作戦とかをやると思えば労力は雲泥の差よ」 
「まあ……確かにそうだ」 
 浮かない顔のカウラ。納得したようなアイシャ。要は今ひとつ納得できないと言うように腕組みをしている。
「ともかく対象はかなり絞られました。後はそれぞれのアストラルパターンを検出。そして符合した人物の行動を追っていけばいいんですよ」 
「簡単に言うなあ、お前さんは」 
 ラーナの言葉に要が眉をひそめる。そして誠も今ひとつ理解できずについ朝食の乗ったトレーを持って珍しそうに自分達を眺めている島田と目があった。
「俺は……とりあえずしばらく無理だから」
 本心では先月の厚生局の法術違法研究が露見した一件のように参加したい気持ちでいっぱいなのだろう。島田は味噌汁の椀を手に持ったまま恨めしそうな視線を誠に向けてくる。 
「あてにしてねえよ」 
 そんな島田の気持ちをあえて踏みつけるようにつぶやく要。なんとも雰囲気が良くないことで誠も少し状況が読めてきた。
「それでもまだ人数が多すぎるんですね」 
 手にした冊子を手渡そうとするカウラを制して、ラーナは端末の画像を誠にも見えるようにしてみせた。そこには15人の男女の写真と経歴が並んでいるのが見えた。
「この全員に『警察のものですが……失礼ですがアストラルパターンデータの計測をお願いできますか?』と言って回るわけか……殴られるぞマジで」 
 要の言葉。そしてアイシャがため息をつく。
「でも……任意の調査でお願いすることは……」 
 誠の一言に全員の生暖かい視線が誠に向けられた。
「おい、この元となる資料。もし星を検挙して証拠に使うつもりか?どれもあのロボ少佐の違法なアクセスで見つかった資料だ。証拠どころかアタシ等が大悪人に仕立て上げられて終わりだよ」 
「さすがの西園寺もそのくらいは分かるんだな」 
「そのくらいって何だよ」 
 カウラと要がにらみ合う。誠もようやくこの15人を一人に絞り込むことの難しさに納得した。
「じゃあ……全員の行動を」 
「だから!誠ちゃん。なぜこの15人なのかを知られたら拙いわけよ。それに下手をすれば他の組織が動き出しているかもしれないしね」
 アイシャの言葉に場の空気が不意に冷えてきたのを誠は感じていた。先ほどは完全に要に拒否されてへそを曲げている島田。彼も『他の組織』という言葉を聞くと、箸を止めてしばらく考え事をするようにテーブルに茶碗を置いてこちらの様子をうかがっている。 
「それはあるかもな」 
 要はそう言うとほとんど食べ終わっていた茶碗に湯飲みの番茶を注いだ。食事を終えようとする彼女を見ても誠に食欲はわいてこない。極めて嫌な予感がその原因であることは誠にもわかっていた。
「最近聞く……例の『ギルド』ですか?」 
 誠の言葉に一同は沈黙する。
 法術の威力は明らかになればなるほど恐るべきものだと言うことが知れ渡ってきていた。各国の政府機関や軍がそれぞれに法術の研究を行っている。だが、そんな中、司法局に提供される資料の中で法術師の互助会的な組織の存在が指摘されることが増えてきていた。
 政府機関関係者の間で『ギルド』と呼ばれるその組織はすでにタブロイド紙に目的不明のテロ行為を行う団体が存在すると言う記事を書かせるほどの活動を始めていた。
「『ギルド』だけだと思う?」 
 いかにも含むところがあるというようなアイシャのつぶやき。彼女も直接は口にはしないが地球諸国や外惑星のネオナチ組織、さらに以前の同盟厚生局のように同盟組織内部でもこの事件の主犯の力に関心を持っているのは間違いない事実だ。そう思うと誠はこの事件の捜査が極めてデリケートに行われなければならないと言う事実を痛感した。
「つまりだ。アタシ等の仕事はこの15人の全員の身柄を安全に保ちつつ、その中でこの前のアストラルパターンを持った人間を特定して生きたまま逮捕することだ。分かるだろ?」 
 要の言葉に誠はつばを飲み込む。要人略取や暗殺を主任務とする胡州陸軍特殊部隊出身の要にそう言われるとさらに事件の解決へのハードルが上がるような気分になる。
「この人数で15人を……無理じゃないですか?」
「無理だろうが何だろうがやるしかないの。わかる?」 
 アイシャはそう言いながら味噌汁をすする。それに頷きつつおかずの鰯を口に咥えているカウラ。見た目は緊張感の無い光景だが、周りの隊員はすべて誠達の話を聞きながらいつでも捜査協力に立候補するようなそぶりを見せているのが誠にもわかった。 
「とりあえず測定可能な場所まで近づくのが一番だろうな。今回の違法法術行使はすべて同一犯の犯行と言うことはアストラルパターンデータで分かったんだから」