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遼州戦記 保安隊日乗 6

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「他の法術と違って意識しないでもある程度発していますから……出た!」 
 ラーナの叫びに視線が彼女に集中した。
「港南区の放火未遂事件。ちゃんと出てますよ」 
 そう言うとラーナは画面を事件直後の映像に切り替える。ごみの山が半分ほど焦げた状態の現場と結局は不起訴になった容疑者の顔写真が映し出される。明らかに悪人と言うような表情の頬に傷のある男。思わず誠は苦笑いを浮かべた。
「おい、こいつが犯人じゃねえのか?」 
「違いますよ。意識をトレースした結果この人物が放火をしたという意識の残滓はありませんでした。それに彼にはこの場所で放火をする理由がありませんし……」 
「意識トレースか。実用になっているんだな」 
 法術の研究の急激過ぎる発展で得ることができた脳反応をトレースしての意識を読む技術。おかげで警察の取調べの手間はかなり少なくなったと誠も聞いていた。
「で……一箇所じゃ決まらないだろ?続けんぞ」 
 要は感心することも無くそのまま自分の端末に目を移して作業を開始した。



 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)28


「……でデータ照合はできた。後は……」 
 すでに夕方だった。要は食事もとらずに検索を続け、ラーナは何とかパンをかじりながら端末で地味な照合作業を続けた。そして東都の一連の法術暴走事件が一人の法術師によって引き起こされたこと、その人物は豊川で死者を出す法術使用を行なったことがデータの上では証明することができた。
「さてと、後は本人を見つければ話は済むんだがな……まあ裁判所がこれを証拠として採用するかは別問題だ。とりあえずのこの資料の使い道は豊川署の馬鹿共にたたきつけるとすっきりするくらい……だな」 
 静かにカウラはそう言った。誠達も結局そうなることはわかっていたものの、これまでの労力を考えると憂鬱な気持ちになる。
 そんな時にコンピュータルームの電源が突然落ちた。周りを見渡す。独特の気配に誠達は嫌な予感に襲われていた。
『俺の仕事になりそうだな!』
 聞き慣れた叫び声がすべてのスピーカーから響いた。
「吉田の馬鹿か……」 
『馬鹿?それなら手を引くぜ俺は。豊川署の署長はそいつを有効に使ってくれるかどうか……微妙なんだけどな……』 
「いえ!すみません!調子に乗っていました……馬鹿少佐」 
 相変わらずの減らず口の要。画面が戻るとそこには額タオルを巻いている姿の吉田俊平少佐が映っていた。
「農作業?」 
『仕方ないだろ?シャムがやるって聞かないんだから。今のうちに土と肥料をなじませないと来年の実りは保障されないんだそうな』 
 背後に耕運機のエンジン音が響く。思い切り脱力しながら誠達は画面を覗き込んだ。
「今更出てきて何するつもりだよ」 
 要の言葉は冷たい。確かに以前から何度と無く協力を頼んでは断られていただけに誠も吉田の真意が図りかねた。
『法術適正の際に採取した法術師のアストラルパターンデータ集が東都の住民管理局に眠っているわけだが眠っているだけじゃもったいないからな。それと照合すれば完全に裏が取れる。まあデータの件数は俺クラスじゃないと扱えない規模になるだろうけどな』 
「また無茶なことを……それにそんなところにアクセスするにはそれなりのパスが無いと無理なんじゃねえのか?」
 要の言葉に得意げな吉田は話を続ける。 
『そんなものは必要ないね。同盟厚生局とやりあったときに貸しを作ってくれたのはお前等だろ?そのとりたてとしてみれば安いものさ』
 要の問いに答えながら吉田はいい顔で額の泥をぬぐっていた。
「強引にねじ込む訳か……」
「本当にいいんですか?」 
 心配そうなラーナ。だがすでに画面の中ではすっかりやる気の吉田がいる。彼がやると言ったらやるだろう。
「止めても無駄みたいね……じゃあお願いするわね」 
 アイシャの声に吉田が嫌な顔を浮かべていた。
『まあ……さっさと帰れよ。俺が何とかして明日には結果を出せると思うから』 
 端末の画像が途切れる。カウラが大きくため息をついた。
「ベルガー大尉。所詮我々でのローラー作戦なんて無意味ですから」 
「分かっているが……なんだか気になってな」 
 カウラはそう言うと首のネクタイを緩める。
「何でも自分で背負い込むのは止めた方が良いわよ」 
「なんだよ、アイシャ。ずいぶんと知った風を気取るじゃねえか」 
 そんな要の言葉ににやりと笑うと端末を仕舞うアイシャ。カウラや誠も端末の終了作業を行なっている。
「で……簡単に分かるものなのか?」
 ネクタイを外したカウラの問いに苦笑いを浮かべるラーナ。
「証拠として採用できる範囲の情報があるかどうか……」 
「そうだよな。吉田のおっさんは犯人を見つけましたというかもしれないが証拠が無ければ逮捕と言うわけには行かないからな」 
「あら、要ちゃん。『疑わしきは罰せず』と言う刑法の基本も知ってるのね」
 再びチャカしたアイシャの細い目を要がたれ目でにらみつけている。
「お二人とも!とりあえず終わりにしましょうよ」 
 誠の言葉で二人は舌打ちしながら離れていく。気分が悪いと言うように要は終了した端末から首につながるコードを抜くとそのまま立ち上がり出て行った。
「単純!」 
 うれしそうに笑いながらアイシャはエラー画像が出た誠の端末を軽くいじって終了させてやっていた。


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)29


 軽い打撃音が何もない意識の中で大きくなるのを感じていた。それが次第に具体性を帯び、そしてそれが寝ている自分の部屋を叩いている音だと気づく。そんな中、誠は目を覚ましていた。
「なんだよ……」 
 相変わらず寮の誠の部屋のドアを叩く音は続いている。だがすぐにそれがカウラが誠を起こそうとしているのだと直感した。誠も半年近くあの三人と暮らしていれば要やアイシャならこういうときは怒鳴り込んできているはずだと言うことくらいわかっている。
「すみません……ちょっと待って……」 
 そう言って布団を払いのけて立ち上がったところでドアが勝手に開いた。
「のんびりしやがって……」 
 呆然と立ち尽くすカウラの隣の要。誠もいつものことながら憮然とした表情で要を見つめていた。すでに二人とも出勤前の身支度は済んだという感じで、パジャマ姿の誠を見下すような感じで見つめている。
「……吉田さんの調査が終わったんですか?」 
 誠はまだ半分眠っている頭に浮かんだ言葉を口に出してみた。二人とも顔を見合わせて大きなため息をついた。
「まあ、そんなところだ。とっとと着替えて食堂に来い」 
 要はそれだけ言うと立ち去る。立ち尽くしていたカウラ。ようやく布団の上にあぐらを掻いた誠の間に気まずい雰囲気が漂った。体がまだ睡眠の余韻に浸って言うことをきかない誠は何とか立ち上がろうとする。
「まあいい、ちゃんと起きてから食堂に来い。それに……そのパジャマ。ちゃんと洗濯しろ。臭いぞ」 
 それだけ言い残し消えていくカウラ。
「ドアぐらい閉めてくれても……」 
 誠は直感でそのままドアに伸ばした手を止めた。すぐにその手は何物かに強く握られている。
「クラウゼ少佐……」