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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 要の従妹で誠達の所属する『保安隊』隊長、嵯峨惟基特務大佐の娘である同盟司法局法術特捜の主席捜査官嵯峨茜警視正だった。いつもどおりに表情を変えずに中を一瞥した後ついてきた補佐官のカルビナ・ラーナ警部補が手にした捜査器具を取り出した。
「なんだそれ?」 
 要の質問にラーナは顔を上げるがまるで興味がないというように視線をおろして取り出した器具の制御をする為に端末にコードをつなぐ。
 無視されて冷静でいられるほど要は人間ができていなかった。そのままつかつかとラーナに近づいて懐から取り出したコードを自分の首のジャックとラーナの端末に接続する。
「西園寺大尉!困りますよ」 
「うるせえ!」 
 茜は一瞥して困った顔のラーナに頷いて見せて要の情報収集を黙って許した。
「演操術師の特定か……それならつじつまが合うな」 
 『演操術』。初めて聞く言葉に誠もカウラも目を茜に向けた。
「なんだか分からないけど面倒なことになりそうなのね」 
 アイシャがコーヒーを口に含んでその様子を眺めている。
「わたくし達が動く事件は大体が面倒なことなのではなくて?」 
 上品に答える茜にアイシャは手を広げて知らぬふりと言うような態度を示して見せた。
「確かに……今回も面倒なことになりそうだな」 
 カウラはそう言うと静かにコーヒーをすすった。そんな彼女の前で茜は大げさに直立不動の姿勢をとった。カウラも気づいて敬礼する。
「嵯峨茜警視正、事件を引き継ぎます」
「よろしくお願いします」
 その有様を相変わらずラーナの機械を弄りながら眺める要。アイシャはと言えば部屋の隅に置かれていた事務机にかけてあったコートに袖を通している。
「アイシャさん……」
 誠が恐る恐る声をかける。その脇を安心したと言う表情のカウラが通り過ぎる。
「引継ぎは終わったわけだな……帰るか」 
「いいんですか?事件はまだ……」 
 そこまで言いかけたところで茜が誠の肩を叩いた。
「初期消火とその後の対応お疲れ様。後は私達が引き継ぎますわ。正月休み、ごゆっくり」 
「はあ……」 
 誠は自分と同じ年のエリート警察官の言葉に何も言い返せ無いことは分かっていた。そしてそのまま帰ろうとする三人の後を追って取調室を後にした。



 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 3


「ふう……」 
 警察署から見慣れた保安隊の寮までの間、ひたすら所轄の悪口を言い続ける要。それに相槌を打ちながら火に油を注ぐアイシャ。そして車を壊されるのを恐れながらハンドルを握るカウラ。三人の繰り広げるどたばたから開放されて自分の部屋に帰ってくると誠は荷物を放り出して横になってそのまま眠っていた。
 夢は最後はどたばたになってしまったけれどクリスマスから正月にかけての実家での要達との馬鹿騒ぎが次々と走馬灯のように現れる。こうして早朝の光の中でいろいろと馬鹿なことをしたことばかり思い出しながらうだうだしていると自然と笑みが浮かんできた。そしてそのまま寝返りを打つ誠。そんな彼もドアの外で何かの気配を感じることくらいはできた。
「おい、いいか?」 
 声の主はカウラだった。
「どうぞ、開いてますよ」 
 誠が起き上がるのを見ながらカウラが入ってきた。その細い体と特徴的なエメラルドグリーンのポニーテールが誠のアニメ関係のグッズが並んだ部屋に違和感を与えた。誠はその違和感に耐えながら作り笑いで神妙な顔つきの上官を迎えた。
「ああ、とりあえずお茶でも飲もうと思ってな……」 
 手にしたお盆から急須と湯飲みを並べるカウラ。元々そういう気の回りに縁がないカウラの行動が誠には不自然に思えた。何か言い出したいことがあるならこちらから気を利かせないと言い出せないところがある。そんな彼女の癖が分かってきた誠はそれとなく口を開いた。
「演操術師を見つけられなかった件ですか?」 
 誠がそう言うとカウラは視線を手元の茶筒に落としてしまう。
 演操術。他人の意識を則り操るこの地球の植民惑星『遼州』の先住民『リャオ』に見られる特殊能力。誠も先日地元のデパートでの通り魔事件でその力の恐怖を味わったばかりだった。そして誠自身も『リャオ』のほぼ純血種だということも分かっていた。それを察してかカウラの頬がこわばる。
 気分を変えるように誠のフィギュアのコレクションを見ながらカウラが話し始めた。
「とりあえずあの時間に参道にいた人物の内、足取りがつかめたのが三百人だ。据え付けられた防犯カメラとか、目撃者情報を求めてはいるが……これ以上は分からないだろうな。確認できた中にいた法術適正者には演捜術の使い手はいないらしい……しかも万が一に備えて境内に配置されていた法術発動を探知する簡易アストラルゲージの方だが……」 
「反応が微弱で測定不能。増幅しても不明と言うところですか。法術の専門家のシュペルター中尉もお手上げですか」 
 カウラに湯飲みを渡された誠は静かに茶をすすった。保安隊は誠の配属以来法術系犯罪を追うことが主任務になりつつあった。『りゃオ』の血を濃く引く誠と部隊長の嵯峨惟基がいる以上、どうしても司法機関の手に負えない法術関連事件は保安隊に押し付けるのが当たり前のように思われていた。
「でもそうするとあの容疑者扱いで捕まった娘は……」 
「一応彼女の能力を誰かが利用していることがはっきりしない限り釈放はできないだろうな。しばらくは拘留だろう」 
 カウラの言葉に誠は肩をおろした。パイロキネシス能力は誠やカウラには身近な力だった。カウラが第二小隊の隊長を務めるまでは『保安隊の良心』と言われた穏やかな西モスレム出身のアブドゥール・シャー・シン大尉が彼等の指導に当たっていた。その後、彼は部隊の管理部門の責任者を経て故郷で設立される遼州同盟の軍事機構のアグレッサー部隊への転属となった。現在は西モスレムでの部隊設立準備の間を縫っては後任の管理部門の責任者である高梨渉参事と話し合っている姿をよく見かけていたのを思い出させる。
 そんなシンが持つ力は発火能力『パイロキネシス』だった。愛煙家だがライターもマッチも持ち歩かずに灰皿を見つけるとタバコだけを持って一服するシンを二人は何度となく目撃していた。
「でも……」 
「演操術師と言えば先日の通り魔の時にも出てきた。今回も同じ人物が訓練気分で実行したのかもしれない……」 
 力の無いカウラの言葉を聴きながら瞬時に燃え広がる絵馬堂の光景が目に浮かんでくる。
「訓練気分でやることですか?あんなことを……」 
「やる奴はやるだろ?」 
 突然のハスキーな女性の声に誠は握っていた湯飲みから視線を上げた。当然のように冬だと言うのにタンクトップと半ズボンと言う姿の要がそこに立っていた。
「寒くないのか?西園寺は」 
 呆れたようにカウラがつぶやく。軍用の義体の持ち主で零下30度の中でも短時間なら耐寒装備無しで活動できる体の持ち主に向けてつぶやくには不用意な発言だった。カウラも少しばかり緊張気味に要の反応を見るが、要は気にしていないというようにそのまま誠の隣に腰を下ろした。
「鍛え方が違うんだよ」 
 そう言いながら無遠慮に周りを見渡す要。そんな彼女の視線が開けっ放しの扉のところで止まった。