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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 要はキッと誠を振り向いた。明らかに自分に対する怒り。危ない橋をわたっている人間を追い詰めることには慣れてきた自信が有るだけに今回の法術師を紹介する不動産屋を絞り込むと言う策には自信があったのだろう。
「そんな問題じゃねえよ!今でも犯人の野郎はどこかでニヤニヤ笑ってるんだぞ!そう思うと……」 
 そう言いながら要はようやく店から出てきたカウラにドアの鍵を開けるようにと指差した。
「慌ててどうなる」 
「悠長にしているほど人間できちゃいねえんでな」 
 自嘲気味に笑う要。
「仕方が無いわね。乗りかけた船だもの。付き合うわよ」 
 助手席のドアを開けながら微笑むアイシャ。要は自分が許せないと言うように無表情を装いながら車に乗り込んだ。


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)17


 水島はしばらく震えが止まらなかった。すでに暗くなりかけた部屋の中。静かにうちから湧き出てくる笑みを我慢していた。突然の火に驚いて自転車から転げ落ちる女子高生の顔が頭の中をぐるぐると回転しているように感じる。
 もし覚醒剤にでも手を出すとこう言う感じを味わえるのだろうか?そんな思いが頭をよぎる。しかし、水島にはそんな麻薬に頼ってまで高揚感を高める必要は無い。今は力があった。
「そうだ……俺は神にもなれるかも知れないんだ……」 
 これまで彼が『力の使い方を教えてやった』連中の驚いた顔が次々と頭をぎる。そうすると妄想が膨らみさらに笑みが広がるのが感じられる。
 最初のうちは偶然に見えていると思った他者の能力が意識して見えるようになったのはほんの最近。しかもそれも偶然だった。
 年末。朝からの法律の勉強で疲れていた水島は参考書を持って日がとっぷりと沈んだ都心のビル街を歩いていた。通り過ぎる車の列。かつてそんな営業車の一台に自分が乗っていたことを思い出すと石でもあれば投げたくなる衝動に駆られていた。
『どこかにカモがいないかね』 
 そう思いながら湾岸地区へ走る地下鉄の駅へ急ぐ水島。
 そんな彼の目の前に立体駐車場の出入り口が目に入った。ビルの隙間に申し訳程度に付けられた事務所の横では足元に空き缶を置いた警備員がタバコをくゆらせていた。
『なんだろう、こいつは』 
 いつもならそのまま目をそらして通り過ぎてしまうところだが水島は男から眼が離せなかった。男の手の中のタバコの赤い光が強くなったり弱くなったりを繰り返している。そんな男に水島は意識を集中してみた。
 突然警備員の意識が自分に流れ込んできた。倦怠感、疲労、妬み、快楽、嫌悪感、嫉妬。そんな混乱した他者の意識に触れた瞬間、水島は恐怖のあまり手にしていた参考書を取り落としそうになった。
『なんだ!脅かすな!』 
 声にならない叫び。そしてその意識の端にいつも法術を持つものに出会うと感じる独特の引っ掛かりがそこに感じられた。
『これは使えるな』 
 男の前を通り過ぎながら水島はニヤリと笑った。すぐにその力、パイロキネシス能力を発動させてやる。
「熱!なんだ!熱い!」 
 背中で男の叫び声が聞こえた。水島はとりあえず男の手にしていたタバコを消し炭にすることでこの場は満足して足を速めた。
 もしそれだけで終わっていれば、これからも機会があれば悪戯する程度で済んでいたことだろう。だが次の瞬間。街の人々のさまざまな意識が流れ込んできていた。
 誰もが敵意を意識の下に抱えていた。彼とすれ違う高いヒールを履いたやせぎすの若い女は何かに憎悪を燃やしているのを必死に理性で押し殺しているのがすぐに分かった。信号待ちでまわりをきょろきょろと見ているタクシーの運転手にはあからさまな前の客への怒りが見て取れた。道端で大きな腹を見せびらかしながら商談相手との挨拶のため大げさに頭を下げているサラリーマンには頭を下げる相手への苛立ちばかりが目に付いた。
 自分が失業をしてから世間に対して自分だけが持っていると感じていた感情のすべてが街に満ちていた。
『こんなに人は負の感情で動いているのか……』 
 ただ黙って歩いていてもその感情に飲み込まれそうになる自分。そしてその目の前を歩く少年の姿を見て水島は驚愕した。
 少年。八歳ぐらいだろうか。すでにどんな格好をしていたかは覚えていないが、その表情は妙に老成しているような印象を水島に与えた。
「じろじろ見るなよ……そんなに法術師が珍しいのか?」 
 明らかに自分に向けて投げられた言葉にしばらく水島は呆然と立ち尽くしていた。
「意識の覗き見なんてずいぶんと趣味が悪いじゃないか」 
 続けて少年から吐かれた言葉。今でもその時の衝撃は忘れていない。
 そこは水島が住む湾岸地区へ向かう地下鉄が入っている東都新開地駅西口。
 再開発のビルと雑居ビルが混じった混沌の街での二人の出会い。それを思い出すたびに水島の心は震えた。
「おじさん……今何かやったね」 
 その言葉を聴いて水島は体の力が抜けていくのを感じた。明らかに誰も知らないはずの自分の力を見られた。初めての体験で混乱する意識の中でも彼は少年が自分を告発しようとしているのではないかと思って身を翻して早足で逃げ始めた。
「逃げなくてもいいじゃない。別に責めてるわけじゃないんだから」 
 少年はついてきていた。水島の心臓は高鳴った。誰も自分に関心など持たないと思っていた都心の繁華街。その中に明らかに自分に興味を示してさらに水島の悪事の一部始終を見物していた少年がいる。握り締めた法律書にも冬だというのに汗が染み出てきた。
「僕もおじさんの意識を読ませてもらったけど……。失業中か。つらいよね。そうだ、できれば就職先でも世話して……」 
「いい加減にしたまえ!」 
 しつこい少年の追跡に振り向いた水島はついに少年を怒鳴りつけていた。少年は頭を掻きながら立ち止まり、そして大きく深呼吸をした。
「なるほど……ご自分の力の意味をご存じないようですね」 
「力?なんだねそれは……」 
 水島の声は震えていた。ただ警備員の力を利用してその男のタバコを燃やして見せた。しかも自分の能力を使ったわけではない。だと言うのになんで少年からつけられねばならなかったのか。そしてなんでその水島の力の使い方を少年は知っているような口ぶりなのか。水島はただ何もできずに少年を見下ろしていた。
 目の前で少年はそんな水島を見ながらしばらく考え事をするように腕組みをした。通り過ぎる人々は親子か親戚が何かでもめているだけとでも思っているようで、無関心のまま通り過ぎていく。
 そんな中、少年はいい考えが浮かんだというように目を輝かせて水島を見上げてきた。
「OK。それならちょっと僕の友達になってくれないかな……」 
 少年の言葉に水島は言葉を失った。どう見ても8歳くらいの少年。先ほどの感覚からして相当な法術適正の持ち主のようだがあくまで子供だった。気まぐれか、それとも何か狙いがあるのか。水島の心が猜疑心で満たされていく。
「友達?」 
 オウムのように繰り返す。それでも少年の笑顔は絶える事が無い。
「そうだよ。じゃあ端末を貸して」 
 手を伸ばしてくる少年にまるで操られるように水島は自分の携帯端末を貸していた。
「これ、連絡先」