遼州戦記 保安隊日乗 6
「なあに。私達は書類上は法令通りの商売をしている善良な市民に迷惑をかけることはしないわよ……ねえ、要ちゃん」
「そうだな。それは別の部署のお仕事……それでだ」
曖昧な相槌の後で要は手持ちの端末をテーブルに置いた。そして画面を起動させるとそこには豊川市内の不動産業者の一覧が表示された。
「豊川はなんと言っても菱川系企業のお膝元だからな。不動産屋も系列が多い。そしてなぜかここの系列のお店は法術師がお嫌いと見えてアタシの耳にも入居拒否や転居要求の話が届いてきている」
「なんだ……お嬢も知ってるんじゃないですか。大手はそういうところには敏感ですからね。特に菱川は政府とつるんでいるから法術の危険性は熟知しているんでしょう。でも基本的に大手は法術師の入居には寛容な方ですよ。付き合いのある中堅クラスの社長とかは法術師は絶対取り次がないとか言ってたのがいますからむしろ中小の業者の方がハードルは高いと思いますがね……あれですか?法術師の差別の調査をされているとか?」
タバコをふかす要がリラックスをしているのを見て男は安心したように笑みを浮かべてそう言った。すぐに要の目が殺気を帯びる。余計なことを聞いた。修羅場をくぐったことのあるらしい男はすぐに黙り込んで静かに腕を組んだ。
「お嬢の目的はさて置いて。まあそんな状況ですから……大手に割高な仲介料を払えない連中となると……駅前の三件はかなり法術師にはつらいですからね」
男はそう言うと静かにタバコを取り出した。嫌そうな視線を向けるカウラだが、要がそれへのあてつけのように自分のジッポライターを取り出す。
「すいませんね……」
「アタシのこんなサービスはテメエじゃ無理だったろ?うれしいか?」
要がかつて胡州陸軍特殊部隊員として東和の沿岸部の租界での非合法物資の取引ルートを巡る利権争い『東都戦争』で潜伏して娼婦として情報収集を行なっていたことを誠にも思い出させた。
「となると……南商店街の二件」
「ああ、そこはうちじゃないですが……堅気じゃない連中が関わってますから」
「おう、参考にするわ」
要は男の指定する店にしるしをつける。そしてそのまま画面に映る商店街の店を眺めながらスクロールさせた。
「かなり絞り込めるな……今回の事件の犯人。手口からして素人。そうなるとここみたいな危ない経営者のいるところは避けるだろうから……」
「姐さん。危ないは止めてくださいよ。うちはこれでもまっとうな商売をしているんですから」
淡々と自分を斬って捨てた要に泣きを入れると静かにタバコをふかす。
「でも私もそうだけど分かるの?不動産屋のどれが危ないとか、どこが法術師には紹介しないとか」
アイシャの言葉に一瞬要の手が止まった。心底呆れたと言う顔。それが今の要の顔に貼り付いていた。
「オメエ……この店の経営者がこいつだって分からなかったのか?」
「そういう事がすぐ分かるのは西園寺くらいの経験が必要だろうな」
そう言うとカウラは自分の顔に向けて流れてくるタバコの煙を仰ぐ。そして要はしばらく放心したように黙り込んだ。
「つまり……やっぱり駅前の二件も捜査対象か。まあいいや」
要はそう言って頭を掻きながら男を見つめた。
「うちには法術師とわかる客からの物件の紹介はしていませんよ」
少しばかり焦った調子の男。それを見ると要は視線を誠に向けた。
「だってよ!良かったなあ、寮があって」
誠はただ訳も分からず頷いた。そして要のしぐさを見て男の表情が曇るのがすぐに分かった。
「こいつ……いや、この兄さんは法術師?」
うなづく誠。そこには先ほど要に向けたのとは別の恐怖の瞳があった。理解できない奇妙な生き物に突然であったとでも言うような目。誠も時々こう言う目に遭遇することがたまにある。法術と言う理解不能な存在が明らかになって生まれた溝をそのたびに誠は実感する。
「そう言う事。それどころかこの『法術』と言う言葉を生んだあの『近藤事件』で暴れまわった奴」
要の言葉にさらに男は明らかに緊張していく。それを見ると誠の脳裏に何かが流れ込んできた。恐怖、侮蔑、敵意。それらの感情が目の前の男のものだとすぐに誠には分かってきていた。
「こんなに……」
「どうしたの?誠ちゃん」
アイシャの言葉に自分がしばらく敵意の視線で男を見ていたことに気づいて誠はうつむいた。
「いつも言ってるだろ?下手な力の有無は敵意を生むだけだって……なあ」
要の言葉におびえるように頷く男。確かにこうしておびえられるに足る力を自分が持っていることを誠も自覚していた。
「でも……お兄さんが顔色変えたくらいじゃ法術師かどうかなんて分かりませんよ。俺だって知らなかったらつい貸しちゃうかも知れないじゃないですか」
「そうか?なんでも一部の同業者が入居の条件に法術適正試験の受験を課しているそうじゃねえか。同業者だろ?知ってるんじゃないか?たとえばさっき言ってた社長とか」
そう要に詰め寄られると男はただ静かにうつむいてタバコをくゆらせるほかはなかった。
「……」
男が黙るのを聞いて要の顔はサディスティックな笑みにゆがんだ。その様子はカウラも察したようですばやくかな目の前に手を出してきた。
「安心しな……じゃあどこなら法術師の客を扱うことになる?」
大きく深呼吸をする要。アイシャもいつ要が暴走しても良いようにと鋭い目つきで彼女を見つめていた。
「駅前の三件は法術師の適性検査の陰性が紹介の条件です。それ以外だと……菱川以外の大手ですがそこも担当によっては大家が法術師嫌いだったりすると適性検査を強要するような話もありますし……」
「結論言えよ」
いらだつ要。男はさらにうつむいて話し出す。
「規模の大小に関わらず担当者に恵まれるまで何度も通うしかないんじゃないですか?まあ小さいところは親父一人でしょうからそこは一発で分かるかもしれませんが」
明らかに殺気を帯びている要に少し驚きながら男は静かにそう言った。その言葉を聞くと要は立ち上がった。
「姐さん……」
「分かった。とりあえずお前が知ってる法術師に部屋を貸しそうな業者のリストをあとでアタシのところまで送れ」
「ホントなの?担当者次第ってことは全然絞られなかったってことよ!要ちゃん全部見て回る気?それに大手なんかだとプライバシー保護が……」
アイシャが文句をつけるのをタレ目でにらみ付けで黙らせた。
「仕方ねえだろ!足が資本だぜ、捜査ってのは!」
そう言うとそのまま一人で出て行く要。誠は男に頭を下げるとそのまま要を追った。
「西園寺さん!待って下さいよ!」
誠の言葉を無視してそのまま階段を駆け下りる要。誠は一階のロビーにたどり着くとそのまま全員が立ち上がって要を送り出す様に遭遇し違和感を感じながら外に出た。
「畜生!」
要が空を見て叫ぶ。
「仕方ないじゃないですか。狙いは良かったんですから……なんなら安そうなアパートを全部回って……」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直