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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 周りの家々がどう見ても建て替えの費用が無くて修理に修理を重ねて住み続けているという平屋ばかり。そのなかでコンクリート製の築一、二年と言う二階建ての店構え。しかもどんと立つ店の看板は磨き抜かれたように光沢すら放っていた。
「こんなところで商売ができるんですか?」 
 誠は半分呆れながら白地に金の字で『豊和不動産』と書かれた看板を見上げていた。
「まともな営業をしている不動産屋ならな。でもまあ……その筋の人間なら話は別だ。それに後ろ暗い法術師が住処を探すならこう言うところのほうがぴったりだろ?」 
 そう言う要の視線の先には黒塗りの大型高級車が止まっていた。
「まるで明石中佐の車ですね」 
 誠はそういいながらこの不動産屋が要担当のその筋の人間の経営するものであることがわかった。
 誠の言葉に一度ほくそえんだ要はそのまま自動ドアの前に立った。
『いらっしゃいませ!』 
 店内に声が響いた。店員達が一同に立ち上がり誠達に頭を下げている。民間企業での仕事の経験などは学生時代に工場で鉄板を並べていたくらいの誠には異様な光景に見えて思わず引く誠。
『あんなあ。その筋の絡んでる店ってのはみなこんなもんだぜ。妙に愛想が良くて……ああ、あそこを見な』 
 小声で要がつぶやくその視線の先には大きく張り出されたスローガン。『負け犬は死ね』と言う筆で書かれた文字が壁に張り出されていた。
「あの……」 
 入ってきた要の着ているのが東和警察の制服だったことに気づいた受付の女性が一番声がかけやすそうに見えたアイシャに語りかけてきた。誠も声をかけた小柄な長い髪の受付嬢の化粧が一般のOLのそれより明らかに濃いのが目に付いてなんとなく要の言いたいことが分かったと言うようにアイシャに目をやった。
「ああ、お仕事の邪魔かもしれないけど……ちょっとお話を聞きたいの」 
 明らかに回りに聞こえるような声でアイシャが口を開いた。その様子におどおどと受付の女性は背後の事務所を見る。そこにはどう見ても回りの緑の制服を着た事務員達とは毛色がまるで違う黒い背広の恰幅のいい男の姿があった。
『やっぱりこれは西園寺さんの担当だな』 
 男が仏頂面で立ち上がるのを見て誠も納得する。以前の誠ならその男の威嚇するような視線におびえて足が震え始めるところだったが、この男と同類の前副部隊長の明石が同じような格好をしていたのでとりあえず要達を盾にして後ろで男と目が合わないように天井を見上げる程度で落ち着くことができた。
「申し訳ありませんね。うちは……個人情報の遵守をモットーにしてますから……見てください」 
 男は受付にたどり着くと背後のついたてを指差した。不動産業の営業許可証の隣には個人情報保護基準達成の証書が飾られている。だが要はまるで臆することはない。彼女が得意な腕っ節でなんとかなる相手に遭遇した時独特の笑みを顔に浮かべて受付に手を着いた。
「そりゃあ殊勝な心がけですねえ……まったく頭が下がる納税者さん。応援していますよ……納税者さん」 
 要が二回『納税者』という言葉を続けるとなぜか悪趣味な背広の男はこめかみに手をやって誠達を一人一人値踏みするような視線を向け始めた。
「あんたら本当に警察の人?」 
 真顔で聞いてきた男の視界から突然要が消えた。誠も黙っているうちに男はそのまま要に組み敷かれて床に転がっていた。
「おう、良かったな。アタシ等は現在東都警察に出向中の保安隊の実働部隊員だ……まあアタシの身分は今でも胡州陸軍のコマンド部隊にあるけどな……なんなら試してみるか?」 
 その言葉。そして生身とは思えない動きと重さで口を要に押さえつけられている男がうめく。その顔を見て要の表情がさらに残酷そうな笑みにゆがんだ。
「ほう……アタシは何度か租界でテメエの顔を見てるけど……出世したもんだなあ。鉄砲玉君」 
 要の立て続けの言葉に何かを思い出したように動きを止める男。明らかに要を見るその顔は驚きと恐怖が男を支配しているのが分かる。要は納得したように立ち上がりスカートの裾をそろえる。
「なんだと思ったら……西園寺のお嬢ですか……そうならそうで……って納税?」 
「そう!アンタ等が今年の売り上げの約40パーセントを……」 
「お嬢!勘弁してくださいよ!何が目的ですか?なんか事件でも追っているんですか?胡州の官派の残党狩りですか?」 
 泣き出しそうに跪く男に誠は哀れすら感じた。恐らく要はこの不動産屋の裏帳簿をネットで拾って脱税の記録でも見つけたんだろう。さらにまともな不動産屋のすることではない違法な活動の証拠も握っているかもしれない。彼が振り返るとカウラもアイシャも要のすることがはじめから分かっていたようににんまりと笑みを浮かべている。
「じゃあ、オメエの事務所。そっちで話そうか。ここじゃあ拙い話も出てくるんだろ……あ?」 
 とても遼州一の名家の令嬢とは思えない顔つきで男をにらみつける要。男も仕方なく立ち上がると事務所の職員が失笑を浮かべているのにいらだちながら立ち上がった。
「じゃあ……二階で」 
 そう言うと男は静かに横にあるドアを開いた。要が誠達を振り返りにんまりと笑うとそのまま付いて二階に上がる。カウラとアイシャも誠を引き連れてその後ろについてあがった。
 桐の見事な柱の通った二階。まるで雰囲気が違う部屋にはまともな企業には似つかわしくないような雰囲気の何人かの若い衆がタバコを咥えて雑談をしているところだった。そこに現れた憔悴しきった兄貴分。当然のように鋭い目つきがその後ろを歩いていた要に注がれることになった。
「客だ!話があるから出てけ!」
 男の言葉に若い衆は男に続いてくる東都警察の制服を着た誠達を不審そうな目で眺めながら奥の部屋へと消えていった。そしてそのまま誠達は応接室のようなところに通された。誠は贅を尽くした部屋の調度品に目を奪われた。社長の机の後ろには金の額縁に古そうな書が入っている。その手前にはなぜかその書を邪魔するように日本刀が飾られている。両隣の壁は高級そうな木製の棚になっており、中にはこれも磨きぬかれたのが良く分かるグラスや誠が見たことも無いような高そうな洋酒が並んでいるのが見えた。
「おい、儲かるんだなあ……不動産屋は」 
 要の嫌味にただ乾いた笑いを浮かべながら男はソファーに腰掛けた。
「ああ、お嬢と……連れの方」 
 男は手でソファーに座るように合図する。にんまりと笑った要はそのまま中央にどっかりと腰を下ろした。
「忙しい中来てやったんだ。茶ぐらい出せよ」 
「わ……わかりました」 
 そう言うと男は振り返り大きすぎる社長の机の上のボタンを押した。
「お前さんなら聞いたことはあるんじゃないか?噂じゃあ法術師適正のある人に部屋を貸すのを拒否している業者があるそうじゃないか」 
 悠然とタバコを取り出す要。カウラとアイシャが嫌な顔をするが男は気を利かせたように応接セットの大きなライターに火をつけて要に差しだす
「ああ……この業界もいろんな人がいますからねえ」 
「どう見てもやくざに見える人とか?」 
 アイシャの皮肉に男の米神がぴくりと動いた。