遼州戦記 保安隊日乗 6
いかに自分達がこの捜査の主役か強調したいと言う意図が満々の口調に明らかに要は苛立ちを隠せない様子だった。アイシャの押しとどめる手を叩き落としてそのまま同じくらいの背の警部に挑戦的な視線を送っている。
「で、その餓鬼が何か言ってたのか?」
警部補の階級章の要に見つめられると頬を緊張させながら巡査部長が頭を掻く。
「まあかなりパニック状態で……本部で改めて調書を作成したときに……」
「悠長だねえ。その間にまた一つ二つ事件がおきるんじゃねえの?」
要の言葉にはいつもの凄みがあった。言っていることにも間違いが無いだけに巡査部長はどぎまぎしながら言葉を続ける。
「聞き出せたことは……自転車でこの道に入ってしばらくしたら意識が朦朧として気が付いたらこの廃屋が燃えていたと……」
「ほう?気が付いたら?放火の意図があったかどうかは確かめて無いんですか?」
やけに丁寧に口を挟む要にむっとした表情を浮かべる鑑識の責任者の巡査部長に誠はいつの間にか同情していた。
「ですがこれは都内で昨年から続いている……」
「んなこと聞いてんじゃねえんだよ!」
口答えをする相手に要が切れた。突然の恫喝の声。先ほどまで誠達の相手をしていた禿の鑑識が驚いて振り返りあんぐりと口を開けている。
「あの餓鬼が嘘ついているとか考えたことがねえのか?あ?」
「しかし……それじゃああなた達はただの無駄飯食い……」
思わず本音が出て口をつぐむ鑑識の隊長。要はそれを見て満足げに頷く。
「要ちゃん。いじめはいけないのよ」
さすがにアイシャはここで要を止めにかかった。このままならいつまでも要は目の前の巡査部長をつるし上げるばかりで話が進まない。
「いいだろ?合法的なストレス解消法だぜ」
「まったく趣味が悪いな」
いつものことなのでアイシャもカウラもニヤニヤと笑っていた。その様子が薄気味悪いと言うように巡査部長は襟を揃えると去っていった。見てみるとそこにはようやく到着した幹部と思える背広の警察官がいてすぐに敬礼すると誠達が入ることすら許されなかった廃屋の敷地へと彼等を案内している。
「間違いなくこっちに来たんだな。人の褌で相撲をとる馬鹿が」
これ以上の詮索はただの無駄。そう判断して振り向いた要のその言葉に一瞬で真顔に戻ったカウラとアイシャが頷く。誠はただいつものように彼女達が暴走しないように見張っていた。
「でも……放火魔ってこう言う野次馬の中にいることが多いんですよね。それにさっき法術師はすべて調べたなんて態度でしたけど法術適正は任意でしょ?」
誠は話題を変えようと野次馬達に目を向けた。何名かの警察官が時々野次馬に声をかけて質問をしているようだが、時折逃げていく人物もいるのでとてもその質問が役に立っているようには誠には見えなかった。
「まあね。本来法術について知らなかった現場の捜査官の認識なんてそんなものよ。あの連中じゃまず犯人逮捕は無理ね」
住宅街のお化け屋敷が延焼したことで遠くを見るとさらにこの騒動を見ようと人が集まっているのが見える。
「しかもここの捜査官の調べてるのは実際に火をつけた人間ばかりだ。この事件の主犯は火をつけるんじゃなくて火をつけさせるんだからな。放火魔みたいにいつまでもこの現場にいるかどうか……なあ、アイシャ」
「私に聞かないでよ」
迷惑そうに要に向かって言うアイシャ。誠はただ訳もなく野次馬達が増えていく様を眺めていた。
「ともかく例の不動産屋めぐりを始めねえとな。いつ人死にがでるかわからねえ」
要の言葉に誠達の顔に緊張が走った。法術関連の事件は誠がその存在を示して見せた半年前の『近藤事件』以来、増加の一途を辿っていた。好奇心で受けた法術適性検査で突然自分に力が宿っていることを告げられた人物が暴走する話。そんな事例は法術特捜の首席捜査官の茜から嫌と言うほど聞かされていた。
ほんのちょっとした好奇心でそれは始まる。それがいつの間にか人を傷つけるようになり、さらに重大な事件を起こすことになる。そんな典型的な法術関連事件。今回は趣が違うが確かに自分の力の使い方が来るって着ているという意味で同じ様相を呈してきた。
「じゃあ私達の捜査を始めるとするか」
すでに車を運んできていたカウラ。その銀色のスポーツカーに誠達は乗り込む。後部座席に押し込まれた誠が現場検証中の刑事達を見れば、まるで哀れんでいるような薄笑いを浮かべて誠達が車を出すのを眺めていた。
細い路地を抜け幹線道路へと車は進む。
「愉快犯ですかね」
誠の一言ににんまりと笑う要。そして次の瞬間誠の足は要のチタン合金の骨格を持った右足に踏みしめられた。
「痛いですよ!西園寺さん!」
「当たり前だ。痛くしてるんだからな」
要のそんな言葉に振り向いたアイシャが苦笑いを浮かべている。カウラはまるで聞いていないと言うように変わる信号の手前で車を止めた。
「まだまだ小手調べ程度の気分だろ。この前の婆さんを標的にした時は珍しく空間制御で時間軸をいじると言う大技を使ったが、まだ空間制御系の法術を借りて何かをするって所までは考え付いていないみたいだからな。アタシなら次は干渉空間展開能力のある奴を見つけて宝飾品店に忍び込んで……」
「ずいぶんリアルね。自分でやる気?」
アイシャが茶々を入れたので身を乗り出そうとした要だが、カウラはうんざりしたと言うように車を急発進させた。
「おい!ベルガー!」
後頭部を座席にしたたかぶつけた要が叫ぶ。だがカウラは振り向くこともしない。
「お前さんがさっき作ってたハイキング表の通りに行くつもりだがいいか?」
「カウラちゃんはクールねえ。上官命令、それでいきましょう」
要は複雑な表情で頷く以外にすることは特になかった。再びカウラは左にウィンカーを出すと一方通行の横道へと車を乗り入れた。表通りから見えるビルの裏は曲がりくねった道。かつての街道筋のままの細い道の両側に狭い店舗が続いている。
「ったく再開発はまだなのか?」
「要ちゃんのお小遣いで何とかすれば?」
「やなこった!」
要とアイシャのやり取りについ噴出す誠。すぐに要のタレ目が威圧するように彼をにらんでいく。店が終わると今度はトタンでできた安っぽい壁ばかりが並ぶ平屋の家々の中へと道は進んだ。
「そこの横丁を……」
「西園寺。私が知らないとでも?」
カウラはやけになって左にハンドルを切る。大きく車体は傾き、カウラのエメラルドグリーンのポニーテールが揺れる。とつぜん現れた近代的な建物。誠にもそれがどうやら不動産屋の店舗だと言うことが分かった。カウラはそのまま車は駐車場に乗り付けられ再び思い切り急停車する。
「カウラちゃん……もっと丁寧に」
アイシャは自分の紺色の長い髪を掻き揚げながら苦笑いを浮かべた。その座席を後ろに座る要が蹴り上げる。
「人の車だと思って……」
ため息をつくとカウラはドアを開けて外に出る。アイシャもつられるように出て助手席のシートを倒す。何とか要、誠が狭い後部座席から降車した。
「ここが一番か」
カウラの言葉に要は苦笑いを浮かべながら頷いた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直