遼州戦記 保安隊日乗 6
アイシャが当然のように答える。入ってきたのはかなりくたびれた背広を着た定年間際と思われるやせぎすの男だった。
「杉田さんですね」
アイシャの言葉にそれまでの無表情が人懐っこいものへと変わる。
「ええ、まあ」
杉田の返事に満足げにうなづくアイシャ。要は相変わらず不機嫌そうに周りを見回している。
「ひでえ部屋だな」
「実は……上からの指示でね」
杉田氏が口を開くまでもなく誠達はこの惨めな有様が東都警察上層部の意図だと言うことを理解していた。
同盟厚生局事件。一応外面的にはテロリストによる法術データ強盗事件と言う発表で落ち着いているが、三ヶ月前のその事件は厚生局による違法法術研究の事故が原因であり、その為に東都警察と保安隊が対応に当たったことは司法関係者なら誰もが知っていることだった。
その時、虎の子の法術対応即応部隊を投入しながら何一つ点数を稼げなかった東都警察が、暴走する実験体を対峙して見せた誠達に明らかに嫉妬していると言う噂は散々聞いていた。
そして結果が目の前の哀れな現状だった。仕方がないというように顔を怒りで引きつらせながら椅子に座るカウラ。要はもう怒りを通り越して呆れてそのまま窓から外を眺めている。
「空調はちゃんと効くのね」
そう言いながらそのまま奥の空調機を確認するアイシャ。誠はただ黙って杉田の顔を眺めていた。
「ご不満でも?」
急にそれまでの杉田の柔和な表情が緊張する。一応は東都警察の警察官。しかも見るところベテランであることは間違いない。にらみを利かせるように言われればただ黙って頷くしかない誠。
「……捜査関係の資料は閲覧できるのですか?」
「当然です。ただし……プロテクトがかかっている部分については……」
「安心しな。ハッカー吉田は本隊でお寝んねだよ」
半分やけになったように要は叫ぶとそのまま近くの席に腰を下ろした。
「それではよろしくお願いします」
そう言うと杉田は見放すようにドアを閉めて消えていった。
「予想したよりはかなりましなんじゃないの?」
早速端末を起動させながらアイシャがつぶやいた。
「でもなあ」
「西園寺。結果で示せばいい事だ」
カウラの言葉に渋々うなづく要。誠はただ不安で一杯になりながら自分の襟に巡査部長の階級章を取り付けていた。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)14
散々な一日。誠達はすぐに自分が外野に置かれていることに気づいた。
資料のほとんどは確かに見ることが出来た。茜から渡された同一犯と思われる事件資料の他にも東都警察が独自にまとめた目撃情報、被害者の共通点を調査した資料、発生時刻に近くを巡回していた警察官の氏名まですべて知ることが出来た。
ただその結果分かったことは、『東都警察の資料では絶対に犯人にはたどり着かない』と言う確信と『別の資料を本庁が隠して独自に捜査を始めている』と言う断片的な証拠だった。
各資料を閲覧するには毎回違う暗証番号が自動的に振り出されることに気づいたカウラが要に探らせたところ、本庁の捜査一課と警備部のいくつかの端末から頻繁にデータベースへのアクセスが行われていることがわかった。
東都警察は今度は保安隊を笑いものにする準備を整えている。帰りのカウラのスポーツカーの中でアイシャはきわめて雄弁だった。ロッカールームで破壊活動に走ろうとする要。それをどうやって自分が身を挺して抑え込んだかを切々と語る。誠はその苦笑いを引き摺ったまま風呂に入り、眠り、目覚めてこうして朝の寮の食堂にたどり着いた。
「本当にこうしていていいんですか?」
七草粥を食べ終えた誠の言葉に同調するように要も頷いている。勤務地が変わっても保安隊の寮の生活は変わらなかった。いつものように朝食を食べ、早出の技術部の隊員達がどたばたと階段を駆け下りるのをのんびり食堂で聞きながらお茶を飲む。
「東都警察も多少は経験を積んでるんだからね。多少はうまいこと調べてくれないと私達だって体は一つなんだから」
「まあ……そうですけど」
余裕のアイシャを見ながら誠が苦し紛れにそう答える。
「なに?まるで私達の出向が無駄だったって一日で決め付けているみたいじゃない。でも実は茜お嬢様からの資料じゃ分からないデータも手に入ったわよ」
アイシャはそう言うとおもむろに目の前のどんぶりを横にどけて腕の携帯端末の映像を拡大投影した。
「ずいぶんと細かい資料だな……なるほど。乗っ取るのが得意な法術の種類か……」
「茜もまだまだだな。関与の疑いのある事例を検索にかければそれなりに資料としてまとまるじゃねえか」
カウラと要はアイシャの作った東都警察の違法法術能力発動事件に関わるデータを眺めて感心した。
「パイロキネシスが半数。空間干渉や空間制御が続いて……当たり前だけど体再生機能発動は無し」
「やっぱり放火魔みたいな奴なんだろうな。火事はなんとなくすきっとするからな!」
「それは要ちゃんの好きな法術の種類でしょ。もしかしてあなたが犯人なんじゃないの?」
「ちげえよ!」
要が軽くアイシャの頭をはたく。誠が回りを見れば二人の人物が誠達の行動を監視していることに気がついた。
一人はカウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖を名乗る菰田邦弘主計曹長。回りにアイシャから『キモイ』と呼ばれている隊員達を引き連れながら真剣に画面を見るカウラに萌えていた。そしてもう一人。
「今回は俺の出番は無いんですかね……」
明らかに不満そうに声をかけてきたのは技術部特機整備班長の島田正人准尉だった。
「なにか?死なないって言うだけで捜査に参加できると思うなよ」
要の一言に明らかにカチンと来た様に頬を膨らませる島田。彼は純血に近い遼州人であり、意識で体細胞の再生を行なうことができる再生系の法術適正の持ち主だった。
「そんなことは分かっていますよ!」
「おい、その面は『俺は厚生局事件の時も付き合ったんですよ!今回だって!』とでも言いたいのか?あ?」
ニヤニヤと笑いながら要のたれ目が島田を捉える。おずおずと頷く島田。そしてそこにランが当然のように現れたのでおっかなびっくり島田はランに敬礼した。
「おっと、ずいぶんシリアスな展開だったみてーだな。菰田、今日は粥か?」
どう見ても小学生にしか見えないランを見ると喜んで菰田のシンパの一人が厨房に駆け込んでいく。その様に呆れたと言うようにため息をついた後、平然とランは誠の向かいの椅子に腰掛けた。
「島田。アタシの判断が不服みてーだな」
「不服と言うか……一応自分にはアサルト・モジュール整備班長としての責任がありますから……」
「おー。それが分ってりゃいーんだがね」
そう言うとランは七草粥を受け取り静かに食べ始めた。その様子に菰田の取り巻きの一部にある秘密結社『エターナル幼女同盟』の会員達が萌える瞳でその様子を眺めていた。
「島田よー。アタシ等の仕事の目的はなんだ?」
「市民の安全を守ることです」
即答する島田に満足げな笑みを浮かべてランが頷く。彼女はそのまましばらくスプーンを握りながら考えるようなポーズをとった。
「おい、そこ。写真を撮ったら金よこせよな」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直