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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 思わず腹を押さえて二つ折りになっているアイシャに周りの視線が痛いほど突き刺さるのを見ながら誠はそうつぶやいた。
「……可笑しい!じゃあここの学校の生徒はみんなマントに杖を持っているわけね!ファンタジーよ!ファンタジー!誠ちゃんも入学したら?」 
「ばかばかしい」 
 上機嫌のアイシャの言葉をあっさり斬って捨てるカウラ。それでもアイシャの笑いは収まらなかった。そんな中、急に要が真剣な表情で誠にそのタレ目を向けてくる。
「神前はあと最低二年は必要だな、ここに入学するには」 
「え?そう言う条項があるんですか」 
「だってお前童貞だろ?今は23歳だから……25になるまであと二年。がんばれよ、菰田に負けるな!」 
 要の得意げな顔に誠は頭を掻きながら視線を画面に移した。その様子がおかしかったらしく今にも半分に折れそうな様子でアイシャは爆笑を続けていた。
「地球でも東アジア、特に日本には遼州系の人間も多いからな。恐らくそのことをにらんで準備が進んでたんだろ。まあ神前が法術の存在を示した『近藤事件』以前からいつでも行けるところまで計画は出来ていたんだろうな」 
 一人冷静に画面を見つめるカウラ。さすがにそんなカウラも見るとアイシャも笑いに飽き、要が再び升酒をあおり始めると周りの野次馬も興味を失ったように散っていった。
「しかし『魔法学院』はないだろ……誰かこのネーミング止められなかったのかね」 
 ニヤニヤしながら要は画面の中の看板に目をやっていた。
「名前が重要なんじゃない。むしろその中身が大事なんじゃないのか?一応私立の学校という話だが設立に当たりいくつかの在日アメリカ軍の外郭団体から金が流れているらしいからな。実際は米軍の法術師養成機関と考えるのが妥当だろう」 
「なんだよ、カウラは知ってたのか?」 
 まるで自分の見つけたネタを馬鹿にされたように要が頬を膨らませる。それを見てアイシャもようやくおちついてきたというように口元を引きつらせながら立ち上がった。自分のせっかくの大ねたをつぶされたとあってしばらく要は不機嫌そうにしていたが再びいつもの意地悪そうな顔つきに戻ると達磨ストーブに乗っていた餅を手にとって口に運んだ。
「姐さん……醤油は?」
 オヤジが口を挟むが要はまるで無視して味の無い餅を何度かかみ締めた後、静かに飲み込んで再び視線をカウラに向けた。
「なるほどねえ、さすがカウラちゃんは勉強熱心でいらっしゃる」 
「貴様等が仕事をサボることばかり考えているからだ」 
 そう言うとカウラはそのままビニールシートを持ち上げてそのまま参道に出た。要は升を舎弟の若者に返すとその後に続く。達磨ストーブの前ですっかりご機嫌で温まっていたアイシャが急いでその後に続くのを見て誠も我に返ってオヤジに一礼するとそのまま参道に飛び出した。
「でも僕も思いますけど『魔法学院』は無いと思うんですけどね……どう見てもやはりファンタジーの世界ですよ。人間が宇宙に飛び出してからの名前とは思えないじゃないですか」 
 まるで自分が仲間はずれにされていたとでも思っているようにすたすたと歩いていくカウラの後に誠もついていく。要もアイシャもその後ろからいつかカウラをからかおうというような様子で歩いていた。
「まあ東和警察だって警察学校に法術部門を立ち上げたからな。今のところは東都条約の規定により法術の軍事的使用にはさまざまな規制がかかっている……」 
「一応はね。でも実際それを守るかどうかとなると別問題でしょ?」 
 アイシャはそう言うと誠の手を引いて走り出す。
「なんですか!」 
「何ですかって言うことは無いんじゃないの?せっかくの正月休み。初詣ならもっと明るい気分ですごしましょうよ!カウラちゃんはまじめすぎ!もっと楽しまなくっちゃ!」 
「……で?そうすると何でテメエ等が手をつなぐんだ?」 
 明るく誠の手を引こうとしたアイシャの手を要は叩いて離させた。
「なによ!」 
「なによって何だよ!」 
 いつものように要とアイシャがにらみ合いを始めた瞬間。誠は強烈な違和感を感じて立ち止まった。何か自分の頭の中をまさぐられたような不快な感触。もし三人がいなければそのまま吐き気に身を任せて口に手を当てて嗚咽したくなる、そんな感覚が回りに漂っている。
「どうした?」 
 要が声をかけるが誠の心臓の鼓動は早くなるばかりだった。自分の領域に何かが入ってくる。そして入って来たものの誠の力の大きさをもてあましてどうするべきか迷っているように誠の意識を弄繰り回している誰か。それを要に説明しようと顔を上げた。だが不快な感覚が脳をぐるぐるとかき混ぜる状況の中、誠は自分の言葉が出ないことに気づいた。
「おい、大丈夫か……カウラ!神前が変だぞ」
 ひざまずいて震えている誠を要が何とか助け起こそうとするが誠の意識は要もそしてその言葉を気にして近づいてきたカウラやアイシャにも言っていなかった。
 圧迫されてゆがむような視界の中、ちょうど人の群れが途切れたところには絵馬が並んでいるのが見えた。人々はそれぞれ手に絵馬を持って和やかに話をしている。だが、その中の中学生くらいの振袖姿の少女が急に足を止めたのを見て誠は頭に衝撃のような何かが走るのを感じた。
「昨日はコミケで大活躍だったから疲れてるんじゃ……」 
 そう言ってアイシャがそう言って手を差し出した瞬間だった。
 一瞬誠の意識が飛んだ。そして参拝客が眺めていた絵馬に一瞬で火が回った。乾燥した木の燃え上がる炎に人々が驚いたように悲鳴を上げる。
「なんだ!」 
 驚いて振り返る要。カウラはあたりを見回し防火水槽を見つけて走り出した。
「ちょっと!何よ!テロ?テロなの?」 
 アイシャはしばらく叫んだ後、火の粉が移った人達に近づいて自分の紺色の振袖を振り回して火を消そうとしていた。
「おい、誠!」 
「パイロキネシスト……発火能力者です」 
 ようやく何物かの介入がやんで力が入るようになったひざで参道の中央に立ち上がる。そしてその誠の様子を確認すると要は慌てて駆けつけてきた警備の警察官に自分の身分証明書を見せた。
「保安隊?法術事件ですか?」 
 驚いた太り気味の警察官はしばらく唖然とした後、周りを見回した。防火用水の隣のポンプを使ってカウラが近くの客達に助けられながら放水を開始している。
「法術犯罪の可能性がある。すぐにこの場にいる人物の身柄の確保を始めてくれ」 
 要の言葉に警察官と飛び出してきた町会の役員達が大きく頷いて走り始める。その中には先ほどの顔役の姿もあった。皆ただ突然の惨事に驚いて慌てて走り回る。誠は大きく息をしてしばらく立ち尽くしていた。だが火が大きく揺れて一気に逃げようとする参拝客に襲い掛かろうとしたところで自分が司法機関執行官であることを思い出してそのまま消火活動中のカウラに向かって駆け出していった。
「神前!ホースを!」 
 放水の為にポンプを起動している町会の役員達と共にカウラが叫んでいた。その振袖には火の粉がかかり、一部が焼け焦げているのも見える。誠はカウラからホースを受け取るとそのまま延焼し始めた祠にホースを向ける。
「行けます!」