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遼州戦記 保安隊日乗 6

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  遼州戦記 保安隊日乗 6


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)1


 にぎやかな祭りの雰囲気に浸っているといきなり西園寺要大尉が升酒を噴出したので、神前誠(しんぜんまこと)は突然の出来事に動揺を隠し切れなかった。そして噴出した酒が吹きかけられたのはどうにも堅気とは思えない目つきの出店を仕切っている元締めという風格の男だった。
 そんな迫力のあるオヤジに赤の地に黄金色の牡丹と蝶をあしらった彼女らしいとても値段を聞けないような振袖姿のお嬢様風の相手とはいえ思い切り顔面に酒を吐き出されて顎からぴたぴたと酒のしずくを滴らせている有様。謝りもしないでただじっとオヤジをみる要。オヤジはゆっくりと頭に手をやると自分の顔面に酒が吹きかけられた事実を再確認するように手についた酒の匂いを嗅ぐと、要ではなく誠に視線を向けた。
 逃げ出したい。そう思いながら平然としている要を前にただ震えそうになる足を必死になって抑え込む。
「どうしたのよ……要ちゃん」 
 紺色の花柄模様の振袖が似合いすぎる紺色の長い髪をなびかせるアイシャ・クラウゼ少佐の言葉に誠も我を取り戻した。軍用の義体のサイボーグであり、東都戦争と呼ばれるシンジケート同士の抗争劇の中心に身をおいていた彼女が迫力は十分とはいえただの高市の香具師にひるむはずも無かった。事実誠に向けていた視線が突然にんまりとした笑いになって要に向けられた。
「西園寺の姐さん……突然吹かないでくださいよ」 
 若い衆が差し出す手ぬぐいで酒をぬぐいながらオヤジはニコニコと笑って今度は自分の分の升に酒を注いだ。こうして誠の精神を鍛えるかのような宴会が始まったのは着るものによっては着物に着られてしまうようなあでやかな振袖を着込んだ要のせいだった。非正規部隊上がりで祭りと言えば混乱を利用しての暗殺かそんな暗殺の阻止と言う任務と直結して考えてしまう自分を変えたいと言い出した要が東都明神の祭りが見たいと言い出したのは新年まであと4,5分のことだった。最初は外惑星の貴族制国家『胡州帝国』切っての良家の子女として庶民的な出店の品々に歓喜の声を上げていた要だが、すぐにその店番や時々店を冷やかして回る堅気とは見えない面々の方に関心が向いてしまっていた。
 ちょうど酒が飲みたくなった彼女はそんな一人のチンピラを羽交い絞めにするとそのままこの出店を仕切っている元締めに会わせろと怒鳴りつけてその迫力に負けたチンピラがつれてきたのがこの出店の間の待合所のようなところだった。一緒に出かけてきた誠の上官のカウラ・ベルガー大尉とビニールの入り口を塞ぐシートの隙間から顔を出して道行く参拝客に目をやるアイシャもとりあえず人ごみに飽きたという感じですっかり和んで酒樽の隣に置かれた達磨ストーブの暖かさに酔いしれていた。
 そんな和んでいる女性陣とは対照的にただ申し訳なさそうに立つ誠にゆらりと要が顔を向ける。
「すまねえなあ。ウケル話が届いちゃって……ったく酒がもったいねえよな」 
 要はそう言うと空になった升を額をぬぐい終わったオヤジに差し出す。オヤジも要の話に興味があるものの一応司法執行機関の大尉と言う境遇の要に話を持っていくのは遠慮しているらしく黙って升に酒を注いだ。
「さすがに西園寺だな。まだ飲むのか?」 
 カウラが呆れたようにつぶやいた。緑色の若葉を模した文様がエメラルドグリーンのポニーテールに映える。彼女もまた要が酒を飲み始めてからもう二十分が経っているのでさすがに呆れてきたように同僚の飲みっぷりを眺めていた。
「ふう……、だってよう」 
 ようやく升を置いてカウラに向き直る要に大きく安心のため息をつくオヤジの表情に少し笑みを浮かべる誠に話を切り出そうとする要。ひらりとその赤い絹の袖が翻るといかにも正月だと言うことが誠にもわかる。それを見ながら改めて自分がスタジャンにジーパンと言うありきたりな冬の服装をしていることに気づいてなんだか場違いなような感じがして思わず苦笑していた。
「だっても何も無いでしょ?本当にすみませんね、暴力馬鹿の誰かさんに酒を盗まれた挙句顔に吹きかけられるなんて……」 
 アイシャがオヤジに頭を下げるのを見てカチンと来た要がアイシャの長い髪を引っ張る。
「痛いじゃないの!」 
 叫ぶアイシャに少しばかり酔っているのか印象的なタレ目で要は長身のアイシャを見上げた。
「痛くしてるんだよ!」 
 そう怒鳴る要をカウラが押しとどめる。要の手が離れて何とか呼吸を整えるアイシャ。そして誠はいつの間にか待合室の透明のビニールのシートの向こう人垣ができているのに気がついたが何が出来ると言うわけもなかった。
「それより西園寺。突然酒を噴出す原因くらい教えてくれてもいいだろ?」 
 カウラの一言。一応要と誠を部下として巨大人型兵器、アサルト・モジュール部隊の隊長を務めているだけあって落ち着いて原因を突き止めることに決めたような鋭い調子で言葉が放たれる。
「そりゃあ……まあ……ちょっと待てよ」 
 要はそう言うと手にしていた巾着を開く。中から携帯端末の画像投影用のデバイスを取り出し、それから伸びるコードを首筋のジャックに差し込んだ。
「便利ね。さすがテレビ付き人間」 
 サイボーグの体を気にしている要に言ってはいけない暴言を言うアイシャだが、とりあえずカウラと誠、そして周りの野次馬達の目も有るので、要は睨み付けるだけで作業を続けた。
『こちら福岡です』 
 画像にアナウンサーが映ったのを見ると周りの人々の視線も集まる。ただのテレビの画像を見せられたことで少しばかりカウラは呆れたような顔をしていた。
「西園寺さん……これのどこが……」 
 誠は噴出すような内容がありそうに無いテレビ番組を見せられたので少しばかりがっかりしながら周りをちらちら眺めている要に尋ねようとした。
「ちょっと落ち着いて待ってろよ……もう少し前かな?」 
 そう言うと画面が高速で逆回転して行く。そして学校の入学式のような雰囲気の映像が映ったところで画像は止まった。
『……魔法学院の……』 
「魔法!魔法学院!出来たの?そんな素敵な学校が出来たの?」 
 それまで野次馬を見回しながら要の行動を黙殺していたアイシャがハイテンションで叫んだ。誠とカウラはそのやたらとうれしそうな表情を見て目を見合わせることになった。確かに要が噴出すはずだと納得して頷く誠を見ながらまだ理解できずにいるカウラに目を向ける。
「まあ……変な名前と言うことで」 
 誠のフォローにもカウラはまだ一つ乗れないように首をひねっていた。
「うるせえなあ……もう少し落ち着けよ」 
 アイシャの食いつきに呆れたように要は言うと画面を拡大する。そこには遠く離れた地球のアメリカ合衆国信託統治領日本の街の一隅にある学校の校門が映し出されていた。誠達はその中の学校の校門の横の石碑に刻まれた文字に目をやった。
「『東福岡魔法学院』……?『魔法』?」 
 ぼんやりと繰り返すカウラ。アイシャはついに口を押さえて大爆笑を始めた。
「アメリカさんは法術をマジックと呼んでるからな。和訳したら『魔法』だろ?」 
「ああ、そうですね」