遼州戦記 保安隊日乗 6
なんとか和ませようと中腰で仲介するのは技術部の整備班長の島田正人准尉。隣にいるアイシャの部下のサラ・グリファン少尉も雲行きの怪しい誠達のとばっちりを避けたいというように頷きながら要を見つめていた。
「そろったと言うことで」
ホワイトボードの前に立つ茜が室内を見回す。
「まあな。それじゃあ何のためにアタシ等が呼ばれたか聞かせてもらおうか」
要の声に微笑みで返す茜。
「実は最近演操術系の法術を使用しての悪戯のようなものが多発していますの」
紺の東都警察の制服が似合う茜。以前の主にこの豊川保安隊駐屯地に詰めっぱなしだったときの東和陸軍と共通の保安隊のオリーブドラブの制服とは違う新鮮な姿に誠は惹きつけられていた。
「例の件か……結局アタシ等にお鉢が回ってきたわけだな」
要の苦笑いを見ながら茜はなにやら端末を叩いている助手のカルビナ・ラーナ警部補に目を向けた。
白いボードに何かの映像が映る。焼け焦げた布団。ばっさりと切り裂かれた積み上げられたタイヤの山。ガードレールが真っ二つに裂かれているのにはさすがの誠もぎょっとしてしまった。
「ごらんのように小火や器物の損壊で済んでいますが……」
「おい待てよ」
話を進めようとする茜を要が不機嫌な表情で止めた。
「なんだよなんだよ。アタシ等の知らないところでこんなことまでやったのか?」
「お前は馬鹿か?同一犯とは決まったわけじゃないだろ?」
立ち上がって叫ぶ要にポツリとつぶやくカウラ。要は完全にカウラの言葉に切れていつものように一触即発の雰囲気が漂う。島田とアイシャはとりあえずいつ要がカウラに飛び掛ってもいいように身構えているのが誠からすると滑稽に見えて噴出してしまう。
「神前君。不謹慎よ」
同じくにやけながら噴出した誠をサラがいさめる。
「どれも容疑者として上げた法術師はそんな意識は無かったと容疑を否認しているって訳だな……神前達が出会ったのもそんな事件の一つってことだな」
一人離れた場所からこの様子を見ていたランの言葉に茜は大きく頷いた。
「恐らくはそうでしょう。ですが……」
そう言うと茜は従姉に当たる要に目を向けた。要は首筋のジャックにコードをつなげてネットワークと接続している最中だった。
「どの事件も発生場所は東都東部に集中しているな。それに時間も夕方6時から夜中の12時まで。唯一の例外が正月のアタシ等が出会った小火。同一犯の犯行と考えるのを邪魔する要素はねえな」
「馬鹿にしないでください。それくらいのことは捜査官もわかってお話しているんです!」
不愉快だと言うようにラーナが叫ぶ。茜は彼女の肩を叩いて頷きながらなだめて見せた。
「でもそれならうちよりも所轄に頼むのが適当なんじゃないですか?うちは豊川ですよ。どんなに急いでも半日は無駄にしますから。それに先日の厚生局事件の時に活躍した東都警察の虎の子の航空法術師部隊を待機させてローラー作戦でもやれば一発で見つかるでしょ?」
アイシャの言葉にもっともだと誠も頷く。
「反対する理由は無いな。クラウゼの言うことが今のところ正しく見えるのだが……」
カウラも同意しているのを見て要はやる気がなさそうに端末につないでいたコードを引き抜く。
「オメー等の言うとおりだが一つ大事なことを忘れてんぞ。東都警察がこの種の事件に興味を持っていればって限定が入るんじゃねーのか?アイシャのような捜査手法をとるにはさー」
ランの一言。見た目は8歳くらいにしか見えなくても保安隊副長の肩書きは伊達ではなかった。そして自分達が遼州同盟の司法捜査官であり東都警察の捜査官と違うと言う現実に目が行った。
「確かに東和警察は解決を急ぐつもりは無いようです。どれも他愛の無い悪戯程度で済んでいますから……でも得てしてこういう愉快犯はいつか暴走して……」
「要は大事になる前に捕まえろってことか?面倒だなあ。どうせならこっちに引っ越して来てくれるといいんだけど」
「そんなに都合よく行くわけ無いだろ?」
要の言葉に突っ込むカウラ。そのいつもどおりの情景に誠はいつの間にか癒されるようになっていた。
「でもあれだぜ。あの正月の事件以来同種の事件は発生していねえからな。もしかすると……」
周りを見渡してにんまりと笑う要。だが全員が大きなため息をついて白い目で彼女を見つめた。
「西園寺さん。もしかして犯人は現在引っ越し準備中で豊川近くに部屋でも借りに来ているとでも言うつもりですか?」
それまで沈黙を黙っていた島田の一言。隣では彼に同調するように赤い髪のサラが大きくうなづいている。
「でもあれだぞ!今の時期は年度末を控えていろいろ引越しとか……」
「だとなんで豊川市に引っ越して来るんだ?」
呆れるを通り越して哀れみの目で要を見つめるカウラ。追い詰められた要は必死に出口を探して頭をひねる。そして手を打って元気良く叫んだ。
「そりゃあ法術を最初に展開して今みたいな状況を作ったアタシ等に復習するため!」
「あのなあ、西園寺。その発想はシャムレベルだぞ……まあいいや。もし隊長の許可が出たら司法局に第二小隊を詰めさせるから。それで勘弁してくれよ」
ランの言葉に茜はうなづくとテーブルを整理始めた。周りの面々もそれぞれに立ち上がり持ち場へと急ごうとする。
「何だよ!テメエ等!寄ってたかってアタシを馬鹿にしやがって!」
怒鳴る要の肩にそっとランが手を乗せる。
「まあ良いじゃねーか。要は犯人を捕まえれば分かるってわけだ」
これ以上無い正論を言われてさすがの要も参ったというように肩を落とす。誠もカウラもこれから先彼女と付き合って捜査を行うだろう今後を思いやりながらそれぞれに席を立った。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)9
ショットグラスに満たしたウォッカを飲み干した要は大きくため息をつくと嘆くように口を開いた。
「で?なんでアタシがオメエの愚痴を聞かなきゃならねえんだ?」
誠達にとってそこは本来リラックスできる溜まり場だった。お好み焼きの店『あまさきや』。いつものように報告書の修正が終わるとランから声がかかる。そして下士官寮の住人の誠、要、アイシャ、ラン、そしてその時々で都合のいい隊員で連れ立って豊川市市街のこの店に立ち寄るのが定番となっていた。そこに今日は第二小隊に演操術系法術発動事件の説明をし終えた嵯峨茜の姿があった。
町のお好み焼き屋と言う風情のどう見ても上品に見えない貸し店舗の一階。地球産の紫色の地の小袖を着た上品そうな顔立ちの茜は明らかに浮いていた。優雅な手つきで猪口に注いだウォッカを口に運ぶと一息に飲み干して切れ長の目を要へと向ける。
「そんなことおっしゃっても……麗子さんの担当は要さんじゃないですか?」
「いつからアタシがあの馬鹿の世話係になったんだ?」
いつもならこういう席を避けて東都の山の手の閑静な住宅街の嵯峨家東都別邸に帰る茜がラーナを帰らせて誠達に付き合うと言い始めたところで誠も嫌な予感はした。茜はその上品な物腰とは正反対に思えるほどの酒豪だった。父親の嵯峨を考えてみると彼女がウワバミのように酒を飲むことは不思議には思えない。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直