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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 そんな男の部屋探しの連続面接行事だが、三件目の30くらいのきつい近眼の眼鏡をかけた女性の担当者などはかなりひどかった。法術適正はあるかと聞かれ、証明書を出すとそれを投げつけて貸す部屋などないと言い放つ姿には逆にすがすがしささえ感じてしまった。
「それにしても……学生って……おたくいくつ?」 
「三十二です」 
「で、大学生?」 
「法科大学院ですけど……」 
 店主は灰色の背広の袖を気にしながらそのまま振り返り端末に条件を入力していく。
 天然パーマに眼鏡、黒い時代遅れの型のジャンバーを着こんでいる姿は他人から見れば確かに相当滑稽に見えるだろう。そう水島勉は思いながら店主の苦々しげな顔を覗き込んでいた。入力を終えた店主はこの店に入った当初、まだ水島が法術関連のことに言及する前の親しげな表情に戻ると手を打って笑顔を向けてきた。
「ああ、法科と言うと明法大だね?」 
「ええ、そうですけど」 
 これもまた何度も繰り返された話題だった。法学部で数多くの司法試験合格者を輩出している名門。この豊川市にキャンパスがある以上、それが自然な話と納得するのも当然のことと言えた。
「それにしても最近はこんな能力があるなんて……放火魔がパイロキネシス能力を持っていたりしたらどうなるんだろうねえ」 
 世間話のつもりで親父がつぶやくのを聞いて水島は正直うんざりしていた。これまでこんな会話をどれだけ聞いてきたことだろう。法術適正の無い連中の無神経な一言がもちたくも無いのに力を持っていることが分かってしまった自分達をどれほど傷つけているか。たぶん彼等には死ぬまでわかることはない。そう思いながらなかなか検索結果が出ない時代遅れの端末をそれとなく覗き込む水島。だが店主は自分の世間話に何も反応しない水島をいかにもひどい男だと言うような表情で見つめてくる。仕方なく水島は口を開いた。
「でも……存在が発表される前にも能力はあったんですよね」
 店主の反応は冷ややかだった。そんなことは知っているよと言いたげに口を曲げるとそのままようやくデータが映し出された端末に目を移す。 
「それはそうだけどさあ……あ、これなんてどう?」 
 親父はそう言うと水島の前の画面に1Kの物件のデータを表示した。
「8畳一間で……キッチンとユニットバス……それで8万は高くないですか?」 
 水島の抗議にしばらく自分の提示した案件に目を通す店主。
「確かにねえ……でも最近はオーナーの意向で法術適正のある人間は止めてくれっていう話が多くてね……いや、私はそんなことは気にすることじゃ無いって言っているんだけどね……」 
 店主のあからさまに気持ちの入っていない言葉。また水島は不愉快と付き合うことになる時間を過ごす自分を見つけることになった。恐らくは法術適正のある人間には多少の無理を言っても聞くだろうと言う計算がアパート経営者の間でも広まっているのだろうと改めて感じた。
 海のものとも山のものとも知らない力。そんなものを抱えている人間に部屋を貸すのはギャンブルに等しい。自分にもし力が無ければそう考えたかもしれない。そう思いながら水島はとりあえず考えさせてくれと言うタイミングを計っていた。
「この案件も……法術適正を問わないとなると……すぐ決まっちゃうかもしれないな。明法大の推薦入試の結果は一昨日出たところだからねえ。昨日も親御さん連れて法術適正の書類持った高校生が来てね。結構苦労してたよ」
 そう言うと店主は顔を上げてニヤリと笑う。
 明らかに今決めろ、貴様にはそれしか道は無い。そう言っているように水島には見えた。
「ちょっと……詳しいことを教えてもらえませんかね」
 水島はその彼の言葉に一気に晴れやかな表情になってデータ検索を始める店主の後姿を見つめていた。そしてただ分けも無く自分を取り巻いている周りの環境に対する恨みをまた一つ腹に抱え込んだ。


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)8


「平日だねえ」 
 要はそう言うと自転車を漕ぐ。隣を走るのはカウラと誠。二人とも毎日夕方の3キロマラソンのラストと言うことで疲れを見せながら冬の空の下で走り続けていた。
「いつまでも……正月……と言うわけじゃないだろ?」 
 カウラはそう言うと目の前に見え始めたゲート目指してスパートをかけた。誠にはそれについていく体力は無かった。そのまま消えていくカウラ。
「オメエも根性見せろよ。男だろ?」 
 自転車を悠々と漕ぐ要。彼女は脳の一部以外はすべて人工的に作られた素材を組み合わせたサイボーグである。そもそも体力強化のランニングに付き合う必要は無いのだが、最近は気分がいいようでこうしてその度に自転車をきしませながらついてくる。
「ベルガー大尉……みたいには……」 
「そうか?じゃあアタシは先に行くから」
 要はそれだけ言うと一気に力を込めてペダルをこぎ始めた。すぐにその姿はゲートへと消える。
「がんばれ!あとちょっと!」 
 ゲートの手前でコートを着た女性士官が叫んでいるのが見えた。警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐。『保安隊四大姐御』の二位と呼ばれる存在の彼女の登場に誠は苦笑いを浮かべながら足を速めた。
 保安隊で単に『姐御』と言うと技術部部長で階級も部隊長の嵯峨と同じ大佐の許明華(きょ めいか)大佐のことを指すのは隊の常識だった。そして勇猛果敢な警備部の猛者達を仕切るマリアは第二位とされた。そして運用艦『高雄』の艦長鈴木リアナ。あの突拍子の無い副長アイシャを抑えている彼女は姐御と言うより『お姉さん』と呼ぶのが隊の常識だった。
「おーい。報告書終わってねーぞ!」
 ゲートを通り抜けた誠の目の前でシャムに駆り出されて大根を一輪車に載せて運んでいるクバルカ・ラン中佐は『小さい姐御』と呼ぶのが一般的だった。
「わかって……ますよ」 
「分かってるならシャワー浴びて来い!」 
 ふらふらの誠に向けてそう言うとランはそのまま一輪車を押してハンガーに向かう。誠も仕方なくそのまま正門へ向けて歩き始めた。
「なんだ?」 
 思わずつぶやいてしまった誠の目の前にはシャムが背を向けて立っていた。その手には茶色いものが握られている。そしてよく見るとその足元には冬の夕方の弱い光を全身に浴びようと言うように転寝をする大きなゾウガメの姿があった。そしてシャムの目の前には巨大な茶色い塊が奇妙なダンスのようなものを踊っていた。
「ナンバルゲニア中尉!何をしているんですか?」 
 誠が声をかけるとシャムはめんどくさそうな表情で振り向く。そして彼女が玄関口に立つ大きな熊に何かを教えようとしていることが分かってきた。
「芸を仕込んでいるんですか?」 
 しばらくシャムの嫌な顔を無視して玄関に届いているほどの巨大なコンロンオオヒグマの子供のグレゴリウス13世に目を向けた。
 すぐにグレゴリウスが手に何かを持っているのが誠にも分かった。そしてそれがアイシャが原作を書き、それなりにネットで流通しているボーイズラブ小説をシャムが漫画化した本であることに気がついた。
「何やってるんですか?」