遼州戦記 保安隊日乗 6
突然背中から声をかけられて誠はびくりと振り返った。
そこには部隊長嵯峨惟基特務大佐がいつものようにタバコをくゆらせていた。
「こー言うところじゃ火気厳禁じゃねーんですか?」
「厳しいねえ、さすが鬼教官殿だ」
ランの注意に仕方がないというように嵯峨は咥えていたタバコを落として踏みしめた。
「こう言う事もうちのお仕事だからさ。神前にも一応体験しておいてもらわないとね」
「体験……まるで遊園地かなにかに行くみてえだな」
「まーそんな感じに思えて来るねー、このぼんぼんにものを教えていると……じゃあとりあえず装填」
ランの言葉に誠はテーブルの上の箱から一発ずつショットシェルを取り出すと銃の下のローディングゲートから装填を始めた。
「何度も言うがどの銃でも基本は同じなんだ。狙って標的に当てる。簡単だろ?」
カウラの教えも射撃にコンプレックスを持っている誠には逆に堪える言葉だった。静かに冷静に。そう言い聞かせながらフォアグリップを引いて弾を薬室に叩き込む。
「ボスン」
引き金を絞ると何とか25メートル先の標的が銃撃を受けて揺れた。
「なんだよ当たるじゃねえか」
「叔父貴。そりゃあ止まっている的だからな。これで外したら間抜けとしか言えねえぞ」
興味深げに標的を見る嵯峨に要はそうつぶやいた。
「でもさっきは外したよな」
再びのカウラの言葉にがっくりと誠は肩を落とした。
「叔父貴。何しに来たんだ?」
元々要の生家である胡州大公西園寺家の三男から大公嵯峨家へと養子に出された嵯峨惟基。血縁では要の叔父に当たるのは誰もが知るところだった。
「仕事がさあ。ちょっと煮詰まってね」
それだけ言うと足元にもみ消したタバコを再び踏みしめる。その様子はいつものにらんでいるような目のランの監視の下に行なわれていた。
「分かったよ、拾うよ」
めんどくさそうに吸殻を拾う嵯峨に大きなため息をつくカウラ。
「仕事って……また法術関係の話っすか?」
ランはそう言うとショットガンのセフティーを解除してターゲットに狙いを定める。
「ボスン!ボスン!」
発射された弾丸が正確にマンターゲットの首の辺りに命中する。
「まあな。結局は史上最初の法術のデモンストレーションをやった俺達だ。そのことに関しての問い合わせは年中無休だ。本当に体がいくつあってもたりねえよ」
「元々質問とかに答える気はねえのに何言ってんだか……」
要はそう言うと同じようにランと並んで射撃を始める。
「そう言えば先日の火災事件では大変だったらしいな」
「今更……」
カウラは諦めたように肩を落として弾の装填を始める。誠も仕方なく彼女をまねるように装填を始めた。
「演操術ねえ……。面倒なことにならねえといいんだけど」
心配そうにそう言うと嵯峨は背を向けてそのまま土嚢の合間に消えた。
「何しに来たんだ?あのおっさん」
そう言うと撃ちつくした銃をラックに置いてのんびりと伸びをする要。視線を向けられてカウラもアイシャも首を振る。
「あの人も結構大変なんだからよー。少しは汲んでやれよ」
「それは副隊長のお仕事じゃないですか?私達がどうこうできることじゃないし……ねえ誠きゅん!」
アイシャに話を振られて薬室に弾を装弾したばかりの誠はうろたえながら頷いた。
「あぶねーだろーが!」
素人同然の誠が射撃をしようとしているところに声をかけたのを見つけてランがアイシャの頭を小突く。舌を出しながらそのままアイシャは椅子に腰掛けた。
「ボスン」
また誠がショットガンを撃つ。再びマンターゲットの足元に煙が立ち込める。
「神前よー。少しはまともに当ててくれよ。お前の弾が当たった辺りでアタシ等が戦闘中かも知れねーんだぞ」
ランの言葉に静かに頷く。そして今度は少し銃口を上げてターゲットに向かう。
「ボスン」
今度は腰の辺りに着弾する。白い布状の弾丸が展開しているのがよく見えた。
「そうだ。忘れるなよその感覚。慣れてくれば狙いをつけなくても軽くあれくらいの場所に当てられるんだ」
そう言うとランも弾を込め終えた銃を持って射場に立った。
「バス!バス!バス!バス!」
四連射。マンターゲットの腹部に何度となくぶつかる弾丸。
「ようやく調子が出てきたところで弾がなくなって終了……か」
そのランの言葉にほっとしている誠。その表情に要とアイシャはにんまりとした笑みを誠に向けてくることになった。
「でもなんだかお巡りさんみたいでいいわね」
アイシャの何気ない言葉に先ほどの嵯峨の言葉が思い出された誠。
「今回の事件。うちに協力依頼が来ることは……」
「あるんじゃねーか?筋から言えば東和警察の領分だが……連中には法術の知識なんてあって無いようなもんだからな。依頼がまだ来ないのはあっちにも面子があるからな。まずは鑑識のデータを茜の嬢ちゃんのところに送って分析依頼くらいが同盟嫌いの警察官僚のできる最大限の妥協だろうな」
ランはつぶやきながら手にした銃の銃身を何度か触ってそれがかなりの熱を持っていることを確認していた。
「それって余計惨めになるだけじゃないのかしら?データ貰っても解析できる部署は限られてるわよ。自前の研究施設にデータの解析を頼むにはあまりにも小さい事件だもの」
「アイシャの言うとおりだな。厚生局事件クラスなら本庁一丸となってと縦割りの垣根を無くして見せるが被害が小さければあのかぼちゃ頭は動きゃしねえよ。瑣末な事件扱いで警察署単位の捜査本部を置けばまだましな判断じゃねえかな」
要の皮肉を込めた笑み。だがそのタレ目は笑っていない。
「演操術の異質性を教えたところで動くには東都警察の組織は大きすぎる。そうなると専門家にいつものように外注に出すわけだ」
カウラの顔を見てまた厄介ごとに巻き込まれると思って誠は銃を握り締めながら大きくため息をついた。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 7
静かに書類に目を通す男。何度と無く黒ぶちの眼鏡を掛けなおす。その姿からその眼鏡が老眼鏡だと言うことは誰の目にも明らかだった。手にしている役所の書類は『法術適正確認書』と呼ばれる書類だった。何度と無くその書類の能力の欄が空欄になっていることを確認し、それでいて適正が有りになっている事実に首をひねる。
「法術適正はあるけど能力が無い……本当に?」
狭い不動産屋のカウンターで広がってきた額に手をやる店主。書類を見るのに疲れて老眼鏡を外しながら目の前の若干天然パーマぎみの疲れた表情の男の顔を覗き込んだ。
男は何度と無く同じ質問を受けてきたのでさすがに口を開くのもばかばかしいと言うように頷いた。実際法術適正検査が任意で行なわれているということになっている東和。だが、実際こうして部屋を借りようなどと言う時には法術適性検査で未反応だったと言う証拠が必要になると知ったのは最近だった。そしてこうして部屋を探すことになることも最近までまるで考えにも及ばなかった。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直