夢問人
数時間後。
少年は走っていた。いつか自分が山に忘れて来た、あの布袋が横たわっているのを見つけたからだ。
―勇者様が、薬草を届けてくれた―
―あんなに自分を罵ったのは、きっとあの時気分が悪かったせいだけなんだ―
―だって、あんなに嫌っていた街に来てまで、自分に薬草を届けてくれた―
少年は咄嗟にそう確信したのだった。
―大切な薬草を…! ―
少年の心は喜びに溢れていた。早く、あの青年に会いたい気持ちでいっぱいだった。青年に届けてもらった薬草は、少年にとっては宝物になっていた。その喜びが、逆に、いつもの山への道のりを遠く感じさせていた。
―早く、早く―
少年は、青年に届けてもらった布袋をしっかり背負っていた。
急ぐ少年を、山の木々たちが邪魔をする。彼は目の前に迫る枝や葉を、避けることなく体当たりしながら進んでいく。無数の小さな枝が彼の顔を傷つけ、顔の至る所から血を滲ませた。それでも彼が走ることを止めることはなかった。期待感は彼の鼓動をよりいっそう速くした。そうしてようやく小屋が見えた。扉の前では、青年が薪割りをしていた。少年の心が躍った。
「…ゆ、勇者様ー! 」
辿りつくまで待ち切れず、走りながら思わず叫んだ。疲労と緊張でその声が震えた。
そんな少年の叫び声が、青年の耳に届いた。…届いたのだが、青年は声の方へ振り向く事はしなかった。
「? 」
少年は自分の声が聞こえていないのだと思い、もう一度叫ぼうとし、深呼吸をした。
「…勇…」
「帰るんだ! 」
いつかの様にまた少年の声を、青年が制止した。少年の呼吸が詰まる。
「…え? 」
少年の顔が曇った。
「もう、ここへは来るな。お前はこんな所へ来ちゃいけない。お前の言う”勇者”なんていや
しないんだ」
青年は、今度ははっきりと少年の顔を見てそう言い放った。
「…どうしたんだよ。まだ具合が悪いのか? 」
「…」
少年は青年に問うが、またもや返答はなかった。
「あんた…勇者様だろ!? 」
沈黙に耐えかねたかの様に、少年は叫んだ。
「こんな所で何やっているんだよ! 何で隠れているんだよ! 王様の仕事は、一体どうしたのさ! 」
孤児院で言われたことを少年はそのまま口にした。それは聞いてはいけないことの様な気がしたが、少年は答えを欲した。
彼の心は、今までの青年の行動を容認できるような言い分を未だ求めていたのだ。
それでも青年は沈黙を守る。
「弱虫って言われているんだぞ! それでもいいのかよ! 」
少年は息切れぎれに叫んだ。少しの沈黙の後、青年が口を開いた。
「…そうやって…お前等は…」
青年は体を震わせていた。今まで耐えていた様々な思いが、爆発しそうだった。
「そうやってお前等は、人の気持ち等考えもせずに、勝手なことばかり言う。
批判だけは、本当に敵わないよ! あんなに人を持ち上げておいて、今度は悪者か!?
悪者? 今の俺は、なんら魔王と変わりないじゃないか!
はは、そうだ、同じ怪物だ。そして…その怪物を作り出したのは、お前等なんだよ! 」
「ゆ…勇者…様」
気味悪く笑いながら自問自答する青年を見ながら、少年は青ざめた。
「呼ぶな! 」
小さな声を制止した青年の叫び声で、少年は自分が言ってはいけない事を口走ったのだと、初めて理解した。少年の頬を涙が伝った。そして彼は悟った。先日のあの出来事も、今回のことも、あれは間違いなく拒絶だったのだと。
「もう、放っておいてくれ! 何故、それさえもしてくれない! 」
青年は思いの丈をぶつけた。相手が、まだ幼い少年だと知っていながら、どうしても止められなかった。その葛藤さえも、再度青年を苦しめた。少年は俯いたまま顔を上げることすら出来なかった。
そんな時。