夢問人
ザザザザザッ。
激しく草木を揺する音が聞こえたかと思うと、少年の背後に巨大な蛇が現れた。数メートルもあるだろう大きな身長とどす黒くぬるりとした体は、見る者に不快感を与えた。二人が一斉にその怪物を見上げた瞬間、太くぬめったその蛇の尾は、目に見えぬ程素早い動きで少年の体を巻きつけ、宙に持ち上げた。
「うわぁぁぁぁぁあああ! 」
恐怖と尾の締め付けの強さに、少年は悲鳴をあげた。
―どうして…怪物は魔王と共に絶滅したはずでは…? ―
そんな疑問も、全身が裂けそうな痛みによって瞬時にかき消された。
「おい! お前! その薬草を捨てるんだ! そいつはな、薬草を餌にしているんだ! 」
青年が咄嗟に叫んだ。そうしている間にも、尾はギリギリと少年を締め付ける。
「…や…だ…」
少年が必死に声を絞り出す
「…嫌だ! 」
「馬鹿野郎! 怪我しても知らんぞ! 早く捨てろ! 」
「…嫌だ! これ…は俺の宝物だ! …勇者様に、勇者様に届けてもらったんだ!絶対に嫌だ! 」
続けて少年は叫ぶ。
「それに…薬草を捨てるなんて…薬師の恥だぁ!! 」
小さい体に残る体力全てを使い、少年は叫んだ。その雄叫びに、青年は一瞬躊躇した。彼はそれから声にならない声で呟く。
「…おまえっ…そんなことしたって…」
―そんなことしたって、自分は感謝しないぞ―
そう言いかけた時、青年の脳裏に昔の自分が映った。
ドクン。
心臓が大きく脈を打つ。
―何のために―
感謝されるため?
褒められるため?
認められるため?
青年は、一歩踏み出した。
―誰のため、だれのため、ダレノタメ…? ―
―お前は、誰のために生きてきた―
青年の中の青年が問う。
―お前は、誰かに言われてやってきたのか―
―お前は、誰かの指図で動いてきたのか―
―お前は、誰かに褒めてもらうために、生きてきたのか―
―あの少年は、お前に褒められようとしたか―
青年の鼓動が激しく高鳴る。
―違う! ―
その瞬間、頭の中で何かが砕けた気がした。
―そうだ。いつだって、自分を動かしてきたのは、自分じゃないか―
―いつだって、自分を選んできたのは、自分だった―
―あの少年でさえも―
気がつくと、青年は剣を手に、怪物の元へと走っていた。走りながら、剣の柄を抜く。
そして…
一撃。
突風の様な白い閃光が、少年の目の前に迫ってきて、弾けた。少年は思わず目をぎゅっとつぶった。
次の瞬間、少年が目を開けると、怪物の体が、歪んで裂けた。
気がつくと、少年の体は自由になっていた。
少しばかり宙に浮いていた体は、支えるものがなくなり、そのまま柔らかい草の上に落下し、少年は尻もちをついた。異様な断末魔が響き渡る。ドロドロとした怪物の体と体液がそこら中に散らばる。それは、本当に、一瞬の出来事だった。
そして、少年ははっきりと目にした。
怪物の体が崩れ落ちたその先に、剣を高く掲げた、青年の姿があった。その目と猛々しい姿は、あのやさぐれた男ではなく、夢にまで見た、あの英雄がいた。パレードでの勇猛な英雄が、少年の脳裏に色鮮やかに蘇る。
「…勇者…様」
少年は草の上にしゃがみこんだまま、力なく茫然と呟く。何だか、この世の全ての願いが叶ったような気がした、そう少年は思った。