夢問人
その翌日。
朝早く少年が小屋へ行くと、青年は荷造りをしていた。小屋の中をよく見ると、家財道具
が整理されてあり、衣類等は大きな皮袋の中に詰め込まれていた。もう小屋に青年の私物は残ってはいなかった。
「どこ、行くんだよ」
「…さぁな」
青年は笑い、はぐらかした。その顔は、先日までの青い顔ではなく、昨日の英雄のまま
の顔だった。少年は安堵し、つられて笑う。
「お前、もう山には来るなよ。いくら魔王がいなくなったからって、怪物が全く出ないと
限らんぞ」
少年は大きなお世話だと言わんばかりに、青年に舌を出した。
「じゃあな」
青年は呆れながらも微笑み、そのまま大きな荷袋を背負い、空になった山小屋を後にした。
少年は青年が何をしようとしているのかわからず、思わず共に歩きだした。少年は少し不安
気な顔で青年に言った。
「何処行くんだ? 勇者に戻ったんなら、お城に行けばいいだろ? 」
勇者に戻る…そんな子供の表現に青年は少し鼻で笑い、少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「人には向き不向きってやつがあるからな。俺に出来て、皆に出来ないことがある。その逆も
あるだろ」
「? 」
少年は目を点にした。
「要するに、お前にしかできないことを頑張れってことさ。ただし、それは自分で決めろ。
どんな結果になっても、誰かのせいにするなよ。俺みたいに」
「するもんか」
「ならいい」
少し微笑んだ後、まだ不安気に自分を見つめる少年に、青年は明るい声で言い放った。
「この世のすべての事は、ただの通過点にしか過ぎない。夢が叶っても、それはただの通過点
だ。まだ先はいくらでもある。辛いことも、悲しいことも、どんな事にも先はある。俺やお前が死ぬまで、それは続く」
「それって、いいことなのか? 」
「もちろん。それが成長ってやつさ。だから俺たちは、どんな時も、夢を問い続けなければい
けない」
青年は笑った。
「何だか、わかんねぇよ」
少年は首をかしげた。
「…俺達、友達だよな? 」
少年は恐る恐る青年に問いかけた。その言葉に何の反応もせずに、青年は前を向き、歩むの
をやめなかった。
歩幅の違う二人の距離は、段々と離れていく。少年は小走りに青年の後を追う。やがて、少
年の小さな体力と歩幅では、それでも追い付かなくなり、立ち止まるしかなかった。
「また、来るんだろ!? 」
少年は問いかけた。
青年との何かの繋がりを、必死に探したかった。それでも、返答はない。別れを察した少年
の視界が涙で歪んだ。彼の歩みを止めることは、きっと自分には出来ないと感じた。
「俺達、友達だよなっ! 」
涙ぐみながら、少年は胸が震えるほど叫んだ。
「俺! 俺! また勇者様がこの街で暮らせるように! 皆に勇者様の事を言い続けるからな! 勇者様の話を! …ずっと、ずっと! 勇者様が帰ってくるまで! 」
青年はそのまま振り向かずに、大きく手を振った。
「…絶対…だからな… 」
想いが溢れ、言葉が途絶えた。行き場がない少年の気持ちは、大粒の涙となってボロボロと
こぼれた。
「…ありがとう」
青年は声にならない声で、小さく小さく呟いた。
やがて、青年の姿は小さくなり、そして、見えなくなった。少年は小さな瞳で、その背中を
捉えようと、いつまでもいつまでも勇者を見つめていた。
そうして、青年は地平線の向こうに姿を消した。
青年が去った後、少年は何かふっきれた様に少し微笑んだ後、反対方向に走り出した。