続・三匹が行く
残っている涙を手で拭い、チヒロは噴水の水でばしゃばしゃと顔を洗った。
「あ、いけね。拭くものないや」
『濡れたままじゃ風邪引くよ、チヒロ。はい』
「!!」
(今からこんなんじゃ、三年間どうする気だよ!)
頭を振って幻聴を振り払うと、チヒロは服の袖口で水を拭った。
「……しっかりしなきゃな……」
そう呟きながら、荷物を持ちなおして顔を上げる。
靄で霞む正面の道に、人影が見えた。
「遅い!」
むっとした様子でチヒロは言い放った。それはある意味八つ当たりでもあった。
そんなに送れてもいないだろうに、チヒロのその言いぐさに多少むっとした顔をしたものの、意外と素直にセンリは謝った。
「悪い」
「じゃあ、今日の夜飯はお前の奢りな」
「……分かったよ」
「やっりぃ」
チヒロも本気でそう言っているわけではない。軽いじゃれあいのようなものだ。
しかしいつものノリでふざけていても、心に一度広がってしまった暗雲は晴れなかった。ふと気を抜くと沈んでいく心が自分でも分かった。
「じゃ、行こうぜ」
そんな心を無理矢理奮い立たせて、チヒロはセンリを促して歩き出した。
国道へ続く門の方へ向かうチヒロの後を数歩遅れてセンリはついてきた。
「…………」
広場の角を曲がりしばらくそのまま歩くと、大きな門が見えてきた。
そこでチヒロは不意にぴたりと足を止めた。後ろをついてきていたセンリは不思議そうに首を傾げる。
「ん? どした、チヒロ?」
センリの疑問の声は聞こえていたものの、チヒロは答えなかった……否、答えられなかった。
(何で……)
ただ、真っ直ぐそちらを凝視するしか出来なかった。
とても複雑で、疑問にも満ちた心で。
(……何で、ここに?)
だから、間近まで『彼』が近づいてきても、その顔をしっかりとその瞳に映しても、ただその場に立ち尽くしていることしか出来なかった。
「全く」 ため息まじりで『彼』は言葉を紡ぎ始める。
「僕はそんな薄情な弟を持った覚えはなかったんだけどな」
やれやれと言った感じで再びため息をついて、彼……イジューインは、言葉を続ける。
「チヒロはいつから『おにいちゃん』に隠し事をするような子になっちゃったんだろうね」