続・三匹が行く
そんなセンリの後ろ姿を見ながら、知らず安堵の笑みが浮かんでいる事にチヒロは気づいてはいなかった……
荒荒しく水の流れる音。
冷たく叩きつけてくる雨。
寒さを感じるものの、どうする事も出来ない。
ただ、身を縮めて震えるだけ。
泣く事も出来ず、ただ震えるだけ。
……そんな自分に触れる手があった。
小さな、しかし暖かい手。
その手は、自分をしっかりと抱きしめる。
触れた場所から伝わってくる温もりが心地よい。
やがて雨の冷たさは消えた。
水の音は聞こえなくなった。
夢だと思っていた。あの時までは。
それが遠い昔の思い出なのだと知ったのは、つい先日の事……
朝靄が辺りを乳白色に染める中、チヒロは一人家の前に立っていた。
自分を育ててくれた父と母、そして兄が住む家。
自分の、たった一つの故郷。
(……三年たったら帰ってくるから……)
緑風亭という名の看板。幼い頃自分が落書きした壁。何かの種を植えた花壇。よく登った大きな木。
少しの淋しさを込めて家の周りを見まわした後、もう一度家を見つめる。
(三年あれば、気持ちの整理もつけられると思うから……)
少しの荷物を手に持って、愛用の剣を背にさして、チヒロは家に背を向けて歩き出した。
父と母には旅に出たいということは伝え、承諾も取ったが、結局イジューインには最後まで言えなかった。
それが心残りであったが、もうどうすることも出来なかった。そして、それはある意味言い訳にもなった。
(……もう遅い。だからしょうがないよな……)
ちょうど一週間、イジューインは何かの実験だか儀式だかがあるとかで王宮に泊まり込んでいた。ちょうどいい機会だったのだ。
(ごめん、イジューイン……)
街の中心にある広場までほんの少しの距離だった。
広場の中央にある龍を象った噴水。そこがセンリとの待ち合わせの場所だ。
今のそこはやけに静かに感じられた。昼間とは違って、露店も出てなければ、はしゃぐ子供たちもいないせいだろう。
「……ふう」
噴水の縁に腰掛け、チヒロはため息を一つついた。
「…………」
旅に出るということで感傷的になっているのだろうか。チヒロの瞳からぽろりと涙が零れた。
「っ!」