続・三匹が行く
相変わらずのほほんとした様子で、しかし状況を的確に察しているイジューインは、何が何だかわからずぼーっとしている彼の元にすたすたと歩み寄ると、傷口に手をかざして静かに呪文を唱え出した。
聖なる癒しの呪文。
流れ出した血の痕跡こそはなくならないものの、肩の傷口はみるみる塞がっていき、やがてその姿を消した。
「はい、これでもう大丈夫。でも念のために二三日は安静にしててね」
「……あ、ありがとう」
先ほどの悪態のせいもあってか、何処か照れくさげに、しかし素直に彼は礼の言葉を口にした。
「チヒロのせいなんだから別にお礼はいいよ。でもね……」
「でも?」
「出来たら、チヒロのことを憎まないであげてくれるかな」
イジューインは真っ直ぐに彼の目を見ながらそう言った。
チヒロはばつが悪そうに、しかし彼らの方をしっかりと向いていた。その心境はとても複雑だったが、目を背けるような事はしなかった。
「憎む? 何で?」
しかし、イジューインやチヒロの心配や不安を余所に、彼はきょとんとした様子でそう問いかけてきた。
「何で、って……お前俺に斬られたんだぞ! 分かってるのか!?」
自分でやったことにも関わらず……否、自分がやった事だから、なのかチヒロは思わず彼に詰め寄っていた。
それに対して、彼は意外なほどあっさりと肯定の言葉を返してきた。
「ああ、結構痛かったな」
「だったら……」
(普通、俺を恨んだり憎んだりするだろ……?)
そう思いながらも、チヒロはそれを言う事が怖くて言葉を飲み込んだ。
今までチヒロに戦いを挑んできた相手は皆そうだった。
向こうから挑んできたくせに、負けたり傷つけられたりしたらチヒロのせいだとばかりに恨み言を投げてきた。
負けてプライドが傷つくのなら、挑んでこなければいい。
こっちだってほどほどに手加減するのは結構疲れるのだ。
そんなところに、ここぞとばかりに恨み言を投げつけられては心までぐったりしてしまう。
自分の力もわきまえずしつこく再戦を挑んで来るのは、大抵が身のほど知らずなお貴族様だった。だからチヒロは貴族と言うものが大がつくほど嫌いだった。
だが、今目の前にいる彼はどう見ても貴族の風体をしていたが、なのに何処かが違った。