続・三匹が行く
あくまで威嚇のつもりだった。
本気で傷つける気はなかった。今も、今までも。
「だ、大丈夫か!?」
剣を放り投げ、チヒロは彼に駆け寄った。
「……こんなの、大した傷じゃない」
彼はそう答えてきたが、苦痛に歪むその表情がそれを嘘だと教えていた。
(……どうしよう)
困惑気味にチヒロが思っていた時だった。その声が耳に届いたのは。
「どうしたの、チヒロ?」
それは今のチヒロにとっては天の助けだった。
「イジューイン!」
「あーあ、とうとうやっちゃったんだね。だから真剣での手合わせはほどほどにしなよ、って言ったのに」
「……だって……」
呆れた様子でそう言われ、チヒロはしゅんとする。 だが、そんなチヒロとは対照的に、彼は相変わらずのこ憎たらしい口調でイジューインに話しかけてきた。
「出やがったな、謎の魔道士」
「人聞きが悪いなあ。それじゃあ僕がまるで悪役みたいじゃない」
にっこりとあくまで笑顔を絶やさずにそう言うイジューインを見て、彼の言い分もあながち間違いではないかもしれないなとの思いを抱きながらも、チヒロは一応反論する。
「イジューインはすごいんだぞ、何とスイラン王宮の宮廷魔道士さまなんだからな!」
「げ」
「げ?」
やばい、と言った感じの声をあげた彼に、チヒロはきょとんと首を傾げた。
しかし、彼がそれについて何か言うより先にイジューインがチヒロを窘めた。
「チヒロ。それはまだ正式決定じゃないんだからそんなに威張って言わないの、恥ずかしいでしょ」
「だって、次代の宮廷魔道士は絶対イジューインになるだろうってみんな言ってるし」
「みんなって?」
「町の人とか、うちに来るお客さん」
酒場兼宿屋であるチヒロの家に来る客と言えば、冒険者や城の兵士たちが大半である。そんな彼らの話ならばあながち間違いとは言いきれない。
それを分かっているからこそ胸を張って言ったチヒロに、しかしイジューインは穏やかな笑顔で彼を諭した。
「でもねチヒロ、みんながそう言ってたからってそれを鵜呑みにしちゃ駄目だよ。決めるのは今の宮廷魔道士さまと国王陛下なんだから。それにそれだってまだ当分先の話なんだし」
静かな口調でそう言われこくりと頷いたチヒロは、そこでハッと我に返った。
「そんな悠長に話してる場合じゃないんだって!」
「ああ、そうだったね」