蚊帳の外で籠の中。
●ミッドナイトスケープ
「お、描きあがった? 見して見してー」
手を伸ばしてねだるとあからさまに「うわ、ウザい」って顔をされたけど、それでもお嬢はスケブを渡してくれた。
「黒い!」
その絵はとにかく黒かった。鉛筆だけで描くから、お嬢の絵には元々黒と灰色と白しかないのが常であったが、それにしても黒い。そして何やら奥行があって、障害物……家具? 部屋の絵?
「コレ、何描いたの?」
「此処」
「ここって……保健室?」
「そう」
「保健室ってもっと明るいじゃんか」
「ああ、まあ」
「ほら、白いし」
ぐるりと、自分らを取り囲むものを手を広げて示してみる。ベッド、カーテン、壁、天井。ここにあるものはだいたい白だ。それなのに、と再びスケブを見遣る。お嬢にはこんなふうに見えているのだろうか。
色々と思いを巡らせていたら、お嬢がぽつりと呟いた。
「夜のイメージがあるから」
「夜?」
と俺もオウム返しに呟いた。それ以上の説明は、ない。困った俺はため息をつく。
「あぁ、お嬢は閉じこもりっきりだから、そんなんなっちゃうんだよ。なー、たまには外出ようぜ?」
「関係ないだろ」
「そうかな。どうせ『ここに自分は閉じ込められてる、捕らえられてる』みたいな意識なんじゃないの? それって被害妄想って言うんじゃないの?」
黒い双眸がきょとんとして、それからすぐにまた吊りあがった。
「ちがう」
「そうかな」
あーあー、なんで俺こんなつっかかってるんだろ。ほら、お嬢も困ってんじゃん。何やってんだか。
「…………まぁいいけど」
肩をすくめて、会話を打ち切った。ちぇ。最悪だ。自己嫌悪だ。
人を理解することはそんなに簡単なことではない。そんなことはわかっているのに。