蚊帳の外で籠の中。
●インサイド
………………はっ。
がばりと体を起こした。俺、生きてる。
「あ、生きてた」
お嬢の声を振り仰ぐと意識を失う前と変わらない景色がそこにあった。ということはつまり床でのびてた俺はそのまま放置されていたわけですかそうですか。泣いていい?
「頭いたい背中いたい心もいたい」
「お前痛い」
「ハイ今死んだ! 今俺の心死んだよ!」
「おめでとう」
「なんかのアニメの最終回みたいに手を叩くな……っつーかなんでそんなときだけにこやかになるんだ! まったく、お嬢はいつもそういう顔でいればいいのに」
真心をこめて伝えた後半はスルーされてしまったようだ。お嬢はいつものしかめ面に戻って言う。
「それで、新しい情報は?」
「ああ」と俺は相槌を打って、隣のベッドに腰かけた。お嬢は上体を起こしてスケッチブックに向かって鉛筆を走らせている。ベッドの上には他にも何本かの鉛筆と、いくつかの消しゴムが転がっている。ここ何日か随分と頑張っているけれど、未完成作品を見られるのは嫌だとかで見せてもらえない。
「今度は科学室の窓が割られたってさ」
絵を描いているときのお嬢の横顔を見るのが好きだ。俺を見るときの冷たい視線とは似て非なる種類の凛々しさがある。
「これで何件目だっけ」
「四件目。窓は二度目」
「犯人は」
「未だ見つからず」
一件目、二週間前、調理室の窓。二件目、一週間前、職員用玄関の鉢植え。三件目、三日前、駐輪場の放置自転車。そして本日四件目の犯行が確認された。いずれも単純な、破壊。目撃証言は無し。同一犯との見方が強い。普通の学校生活を送っていれば嫌でも耳に入ってくる情報だが、保健室から外へ出ないお嬢の耳には入りづらいということで、俺が伝えてやってるというわけだ。
「それで、お嬢、犯人分かった?」
「は? なんで」
「え、推理してるんじゃなかったの?」
「一介の学生に推理できるくらいの犯人ならとっくに捕まってるだろ」
「まぁそれは確かに」
しかもお嬢は引きこもりだから一介の学生より推理とかするのが難しそうだし。
「でも、じゃあ、なんで俺に事件のこと聞いてくるわけ」
「探偵ごっこには興味ないけど、犯人の人となりには興味あるから」
スケッチブックから離れた視線がふわりと宙をさまよう。
「もし会えたら、犯行動機を聞いてみたい」
俺はしかめっ面を作って言う。
「やめとけよー。どうせ頭がかわいそうな奴だよ」
それでもお嬢は真顔で問いかけを続けた。
「本当に頭がおかしいならもっと規模のでかいことをするんじゃないのか?」
「例えば?」
「火をつけるとか」
「お嬢の発想が怖い!」
「やってることが中途半端なんだよな。犯人、何考えてんだろ」
「俺はお嬢の引きこもりの動機の方が気になるけどなぁ」
軽口は無視され、お嬢の視線はスケブの上へ戻る。こうやって会話を打ち切ることが、こいつの拒絶のいつもの手口だった。それでも仲良くなりたい俺はそこでいつもいちいち突っ込んで詳細を希望しなくてはいけなかった。
今回はそれをやらなかった。神妙にスケブを見つめるお嬢が、やっと鉛筆を置いたからだ。