彼女と嘘
芽衣の心を暖かくする、その笑顔が彼女は好きだった。
彼の笑顔を見ているだけで幸せなのだ。
「……何?」
急にどうしたの、と顔を赤らめながら問う彼女の姿に、優斗は笑みを浮かべたまま答える。
「芽衣があんまりにも可愛いから」
つい、と優斗が素直に言えば、芽衣はますます頬を赤くする。
真っ赤に染まった顔はきっと日が差すこの教室では彼にはわからないかもしれないが、恥ずかしくなって芽衣はふい、と顔を逸らした。
だが、すぐ近くに自分達に近づく足音に気づき、立ち上がり、その場から立ち去ろうとしたが。
ぐい、と優斗に引き寄せられ、芽衣はそのまま彼の腕の中へと収まった。
「静かにして」
できるよね、と言われ、芽衣は素直に頷いた。
教室のドアの前に人の気配を感じて、彼女は息をのむ。
「優斗先輩」
そこにいますか、と可愛らしい声がして、芽衣はきつく唇を噛み締めた。
「凛ちゃん?」
「はい」
部活のことで少しいいですか、と控え目な声がして、芽衣は今すぐ、この場から立ち去りたい思いに駆られる。
今までなら、彼女の声が聞こえるだけで安心した。
凛がそばにいてくれるだけで、芽衣は心強かったから。
でも、今は違う。
自分の息をする音さえ凛に気づかれたくなくて、芽衣は優斗の背中に顔を埋める。
今、この状況を凛には見られたくない。
そんな考えばかりが芽衣の頭を駆け巡る。
そんな芽衣の気持ちに優斗も気づいたのか、微かに頷いた。
「ごめん、ちょっと今、立て込んでて」
後でもいいかな、と言う優斗の声に凛も慌てたようだった。
「す、すみません。急に来たりして」
また後で、と言う凛に優斗は頷く。
「ありがとう、凛ちゃん」
「いいえ、では後で」
失礼します、と言う凛の声がしたかと思うと、すぐに彼女の足音が遠のいた。
廊下に響く足音が聞こえなくなると、ようやく芽衣は彼から離れる。
「これで良かった?」
「……うん」
優斗の言葉に頷きながらも、芽衣の表情は浮かないまま、そっと息を吐くと、彼は怪訝そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「芽衣?」
「……何でもない」
大丈夫、気にしないで、そう言うと、芽衣は優斗の胸に顔を埋める。
その小さな背に腕を回し、優斗は彼女をそっと抱きしめた。
芽衣は優斗が好きだ。
そして、凛も彼を好きなのだろう。