魔術師 浅野俊介10-最終回-
このまま会えずに あなたが私を忘れてしまっても
あなたへ この想い 伝えよう…ずっと
「あ…」
圭一が歌を止めた。圭一が歌っている間、ずっと圭一の涙を払うように頬に滑らせていた浅野の指の感触が感じられなくなった。
消えていっているのだ。
「浅野さん!!嫌だ!消えないでよ!行かないで!!」
「圭一君…ありがとう…」
「浅野さん!!嫌だ!」
浅野は頬に涙を残したまま、光と共に消えて行った。圭一は何も抱いていない両腕を見て、やりきれないように地面に両手を叩きつけた。
「浅野さん!!戻ってきて!!リュミエルみたいに戻ってきて!!どうして、生まれ変われないの!?…どうしてだよ!!」
圭一が何度も地面に両手を叩きつけながら叫んだ。圭一の号泣する声が響き渡った。
リュミエルがしゃがんで、圭一の背に手を乗せた。キャトルが圭一の傍でうなだれていた。
……
圭一はいつの間にかキャトルを肩に乗せて、浅野の部屋のベッドに座っていた。
リュミエルが運んだのだ。
涙に濡れたままの目で、圭一は浅野の部屋を見渡した。
月明かりが部屋の中をぼんやり照らしている。
リュミエルが現れた。
「すいません。咄嗟にこちらへ…」
圭一は首を振った。
ベッドの傍にあるサイドテーブルを見ると、圭一のアルバムのCDケースがあった。
「セカンドアルバム…」
良く見ると、デビューアルバムも、3rdアルバムもある。
『圭一君の歌…家で毎日聞いてるんだ。』
浅野の言葉を思い出した。
圭一が初めて浅野に『アベマリア』を聞いてもらった時、浅野は圭一が恥ずかしくなるほど褒めてくれた。
『すごいよ!圭一君!』
浅野がそう言って拍手をする姿が、圭一の脳裏に蘇った。
圭一の目に涙が溢れた。
『…君の歌を聞いても…なんで俺は平気なんだろうと思ってね…』
『君の歌のお陰で、なんとか悪魔を封印できたよ。』
その浅野の言葉を思い出し、圭一の目が見開かれた。
(かたき討ちしなきゃ…)
圭一は覚悟を決めた表情で顔を上げた。
「リュミエル…」
リュミエルが圭一の前に立った。
「…はい」
「悪魔はまだ神取と埠頭にいるの?」
「はい。我々を殺す契約に手間取っているようです。」
「そこへ戻して。」
「!駄目です!」
「戻すんだ!」
そう言って立ち上がった圭一の目が、今までにない厳しさでリュミエルを睨みつけている。
「!!マスター…」
「僕だけでいい…今すぐ戻せ!」
「……」
キャトルが圭一の肩に乗った。
「リュミエル!」
「……」
リュミエルは涙を堪える表情をしたが「お伴します。」と答えた。
……
「気が進まん。」
バビロンが言った。
「なんであんな奴。」
「あいつについてる悪魔が強いんです。あの猫も悪魔です。まとめてやっちゃって下さい。」
「わかった」
バビロンが振り返ると、圭一が青い目をして立っていた。
キャトルも炎の獅子に姿を変えている。
「挨拶がわりだ。」
圭一の声がリュミエルの声になっている。
圭一は両手を交差させ、前にかざすと光を放った。
だが、斧に弾かれた。バビロンも神取も不敵な笑みを見せ向かってくる。
「ばかめ!お前ごときが勝てるはずがない!」
その時、圭一の歌声が響いた。アベマリアを歌っている。しかし青い目の圭一は口を結んで動かない。圭一は体をリュミエルに預け、姿の見えない魂となって歌っているのだ。
バビロンの動きが鈍くなった。咆哮したが、圭一の魂の声は消えない。
神取が驚いた。
「え!?…バビロン様まで!?」
「…あの歌を止めさせろ…。」
「…わかりました…!」
神取が圭一の体に光を放ったが、炎の獅子のキャトルが圭一の前に立ち、光をはじいた。
キャトルが神取に向かって走った。
「!!…来るな!!」
神取は何度も光を放ったが、キャトルの炎に弾かれて全く歯が立たない。
神取はとうとうキャトルに体をくわえられ、バビロンから離された。
「うぬ…」
バビロンが必死に体を動かそうともがいた。
その時、圭一が両手を構え、光を放った。
バビロンが少し揺らいだ。
圭一はアベマリアの歌の中、光を放ちながらバビロンに迫って行った。
バビロンは力を振り絞って、斧を振り投げようとしたが力が出ず座りこんだ。
魂の歌は止まない。
バビロンは最後の力を振り絞って、とうとう斧を投げた。
圭一は斧を避けたが、斧が弧を描いて戻り、圭一に向かった。
圭一が振り返って目を見張った時、光輝く矢が斧に刺さったのが見えた。次の瞬間には、斧が弾けるように消えた。
「!!」
歌が止んだ。圭一の目が元に戻り、リュミエルが圭一の体から離れた。
矢を放ったのは、大きな羽を持った天使だった。
宙に浮き、弓を引いている。銀色のストレートの長い髪に、眼光鋭い目と薄く引き締まった唇。男性形の天使だ。
「斧が!」
バビロンが叫んだ時、今度はバビロンの胸を矢が貫いた。
「!!」
バビロンは胸の矢を見た。
2投、3投と矢が貫く。そして光が強くなると同時にバビロンは悲鳴のような声を上げ、仰向けに倒れた。
バビロンの体はそのまま、弾けるように消えた。
獅子のキャトルが天使に気を取られて、押さえていた神取の体を離した。
神取が逃げだした。
圭一達は、弓を肩にかけ地面に降り立った銀髪の天使を見た。
「…圭一君…遅くなった。」
天使が聞き覚えのある声で言った。
「浅野さん…?」
圭一が目に涙を溜めて、天使に駆け寄り抱きついた。
天使が圭一の体を抱いた。
「浅野さん…浅野さん…」
圭一は泣きながら、何度も名を呼んだ。
「別れの曲まで歌ってもらって、戻ってくるのは恥ずかしかったんだけど…」
天使が言った。圭一は天使の胸の中で首を振った。
キャトルが駆け寄り天使の肩に飛び乗ると、天使にほお擦りした。
天使が微笑んだ。
「キャトル」
リュミエルがあきれたように言った。
「なんだ…天使だったんじゃないか…」
「すっかり、天使だったことも、命ぜられていた「使命」も忘れてしまっていてね。さっきまで、大天使様に怒られてた。」
その天使の言葉に、リュミエルも、泣いていた圭一も笑った。
天使は圭一から体を離し、圭一に言った。
「圭一君…私は今から君の守護天使になる。…だから私に名前をつけてくれるかい?」
「僕が!?」
天使がうなずいた。
「浅野さんじゃ駄目?」
その圭一の言葉に、天使は笑った。
「それはちょっと…。」
「天使の浅野さん」
「八百屋の吉田さん?」
天使の言葉に、圭一が笑った。リュミエルも思わず吹き出した。
「浅野さん…天使になっても変わらないんですね。」
「魂はそのままだからね。」
天使も笑いながら言った。
「じゃあ…」
圭一が少し考えてから言った。
「アルシェ(射手)」
「…つっこみどころがないな…」
「つっこまなくていいじゃないですか!」
圭一が笑った。天使も笑いながらうなずいた。
「アルシェか…いい名前をありがとう。」
「浅野さんにはなれないの?」
「なれるとも。」
天使は光輝き、浅野の姿になった。
「!!」
圭一は、今度は浅野の体に抱きついた。浅野も抱き返した。
作品名:魔術師 浅野俊介10-最終回- 作家名:ラベンダー