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ラベンダー
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魔術師 浅野俊介10-最終回-

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リュミエルがため息をついた。

「…お前の、その深刻な時でも茶化す性格、どうにかしてくれ…」
「すいません」

浅野が謝ったのを見て、リュミエル苦笑して続けた。

「あいつは最初、純粋に「使命感」でやってたんだ。」
「使命感?」
「天使の子を人間界から一掃する使命感だよ。」

浅野はリュミエルの言葉を聞いて動揺した。

「…俺には見えなかった…。」
「もう何人も殺ってる。天使の子の場合、死ねば痕が残らないから警察沙汰にはならないがね。」
「…あいつ何者なんだ?」
「純粋な人間だが、魔界とコンタクトが取れる、本当の魔術師というところかな。」
「あの力は?」
「たぶん、悪魔に魂を売ったんだろう。今でも悪魔たちと交信しているようだ。お前と同じように、生贄なしで、悪魔を召喚できる。階級によるが…」
「少々厄介だな…」
「少々どころが、かなり厄介な奴だよ。あいつのしていることはある意味では正しいとは言えるが、やり方がひどい。…その上、今は天使の子を葬ることに快感を覚え始めている…。」
「それこそ…悪魔だな…。」
「今は人間の方が…悪魔より残酷だよ。」
「……」

浅野はしばらく黙り込んだ後、ため息交じりに言った。

「…今まで…死ぬことは恐れていなかったけど…圭一君に会ってから、生きることに幸せを感じるようになった…。そんな時になって、命を狙われるようになるなんてな…。皮肉な話だ。」

リュミエルは浅野を見た。浅野は続けた。

「女性との関わりには気をつけていたが…まさか、圭一君…人間との別れをこんなに辛く感じるなんて…。」
「…だから…死ぬな。」

リュミエルの言葉に、浅野は驚いて目を上げた。
リュミエルは赤くなった顔を背けて言った。

「勘違いするな。…マスターが悲しむのを見たくないだけだ。」

リュミエルは、浅野に背を向けて消えた。

「…ありがとう…」

浅野は1人呟いた。

……

翌日夜-

浅野は前に神取と闘った(というか、ほとんどやる気がなくてやられっぱなしだった)埠頭にいた。
神取に呼び出されたのだ。

「今日お前の葬式をしてやる」

そんな自信たっぷりの呼び出しだった。
かなり強い悪魔を召喚したのだろう。
浅野は一切の交信を断った。リュミエルとキャトルに気づかれないためだった。気を抜かない限りは気づかれないだろう。

(遺書書いてきたらよかった)

浅野はふと思った。

「お前のそういうところが嫌いだと言っただろう!」

その声と共に、神取と牡牛の姿をした悪魔が現れた。手には斧を持っている。

(あら、案外下級…)

浅野は思った。だが下級の悪魔の方が、質(たち)が悪い。

「…ばかにしたな…?」

神取が言った。そして、牡牛の悪魔に言った。

「バビロン様、下級だってばかにしてますよ。」
「言うなー!」

浅野が思わず叫んだ。

(バビロンっていうのはユダヤ人を迫害した都市の名じゃないか。わかってつけたとしたら、ネーミングからして下級だ。)

またそう思ってしまい、浅野は「しまった」と言った。神取が再びバビロンに向いた。

「まだ馬鹿にしています。」

牡牛の悪魔「バビロン」は鼻息を荒くした。

「許さん…」
「お願いしましたよ。あっちで見てますので。」

神取がそう言って、離れて行った。

(卑怯な奴だなー)

浅野はあきれて、神取を見送った。だがすぐにバビロンに向いた。

(…くそ…ダメだ。こいつの攻撃方法も弱点も全くわからない!)

浅野は人差し指を額にかざし念じた。バビロンが炎に包まれた。斧で切ろうとして炎が熱を持ったが、そのまま振りきってしまった。

バビロンがうなり声と共に、斧を投げた。

浅野は避けた。が、斧が弧を描いて、浅野に戻ってきた。

「!?」

浅野はかろうじて、また避けたが、肩をかすった。

「!!」

自分の左腕が落とされたような衝撃を受けた。

(動かない…)

左腕の神経が切れたようになった。実際には落ちていないが、それと同等のダメージを与えることを今知った。

「あの斧を投げさせないようにしなければ…」

しかし、どうすればいいのかわからない。下級とはいえ、力は向こうの方がかなり上だ。封印することすらできない。

斧がまた飛ばされた。

浅野は地面に倒れ込んだ。ぎりぎりのところで、斧は浅野の体を掠め、通り過ぎた。だが戻ってきた。起き上がり、人差し指を額に当て、神取の傍に瞬間移動した。
だが、斧は移動したところまでついてきた。

「わっ!」

神取が俯せになって避けた。
浅野も地面を転がった。

斧はバビロンの手に戻った。

(オーラについてくるのか…!)

そうなると、なおのこと勝ち目はない。

(マジで死ぬかもしれない!)

浅野は覚悟した。

斧が振られた。

地面を転がる。斧が通り過ぎ、思わず体を起こした。
すると、背中に衝撃を感じ、浅野の体がのけぞった。

「やった!」

神取が叫んだ。

浅野は倒れた。体を真っ二つにされたような痛みが走った。

(圭一君…)

浅野は思った。やはり最期に思うのは、圭一のことだった。

その時、人が駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「浅野さん!」

圭一がキャトルと一緒に駆け寄って来ていた。

「…ばか…来るな…」

そう呟くが、なんの力もない。
神取が役目を終えたかのように去るバビロンを引き止めた。

「あいつらもやってくださいよ!」
「契約してないだろう。」
「じゃぁ…今…」

圭一が浅野の体を抱き起こした。

「浅野さん、しっかりして…!」
「もう駄目だよ…」
「嫌だ…」

圭一が泣きながら、浅野の体を抱きしめて言った。

「死んじゃ嫌だ!!」

浅野はぐったりとしている。浅野が体を裂かれたと同じくらいの致命傷を負った事は、圭一にもわかった。
リュミエルも現れたが、もう手遅れとわかり圭一の横に立ちつくしている。

「…圭一君…もう会えなくなる…。」

浅野の言葉に、圭一は濡れた目を見開いた。

「!?どういうこと…?」
「俺は天使と人間の間に生まれた。…死ねば魔界に封印されて、生まれ変わることもできない。」

浅野が息を切らしながら言った。

「…嘘だ…」
「…だから…もうお別れだよ。」
「嫌だ!!」

圭一は泣きながら、浅野の体を強く抱きしめた。そうすれば、自分の「気」が浅野に伝わるはずだと思った。
だが、何故か「気」は浅野に流れなかった。
…浅野が圭一の「気」を吸わないように、セーブしていたのである。こんな致命傷で圭一の「気」を吸えば、圭一の方が死んでしまうからだ。

「僕も一緒に連れてって…」
「ばーか。君は天国行きが決まってんの。」

浅野がいつもの調子で言った。圭一は、強く首を振った。

「そうだ…あの歌…歌ってくれよ。」
「…え?」
「…ショパンの別れの曲…君と秋本さんが詞を乗せた…」
「!…嫌だ…」
「頼む…聞かせてくれ…お願いだ…」

圭一は泣きながらうなずいた。そして途切れ途切れに歌いだした。

……

去りゆく あなたへ 永遠(えいえん)の この愛を 伝えよう

どんなに この身が遠く 離れても

想いは 切なく 心に いつまでも 残るよ