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ラベンダー
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魔術師 浅野俊介10-最終回-

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最終章 銀髪の天使



「今度の衣装…?…浅野さんのいつもの格好じゃないですか!」

北条(きたじょう)圭一が、タレント事務所『相澤プロダクション』の会議室で浅野俊介を見て言った。
次のイリュージョンショーの打ち合わせ中だ。

「この方が自分らしいかなって…」

浅野は黒の半そでTシャツに、黒のスリムジーパン、白のスニーカーといういでたちだ。
圭一の隣で一緒に打ち合わせをしていた、副社長の北条(きたじょう)明良(あきら)が「逆に洗練された感じに見えるよ。」と言った。

「言われてみれば…」

圭一もうなずいた。

「そう見てみたら、前の衣装がすごく…」

圭一が口を抑えた。

「ダサく見える…だろ?」

浅野が言った。明良が笑った。圭一は口を抑えて首を振った。

「次の構成は決まりましたか?」

明良が笑いながら浅野に尋ねた。

「まだ完全には…やりたいことはリストアップしているんですが…」
「楽しみにしていますよ。必要なものがあれば遠慮なくおっしゃってください。」
「はい。ありがとうございます。」

頭を下げる浅野に明良は微笑んで、会議室を出て行った。

……

(次のショーでどういう邪魔が入るかだな…)

浅野は客が1人もいないバーで思った。

(今度は有料だから…ある程度予測しながら構成を考えないと、前みたいに尻つぼみ的なことはできない…)

浅野はため息をついた。

『ショーなんかできなくしてやるよ…』

「!!」

浅野はぎくりとした。神取の声だ。

「お前!!…あきらめたんじゃなかったのか!?」
『誰があきらめるか…あれは、悪魔の登場で一時停戦しただけだ。…悪魔には悪魔を…だ。』
「…じゃぁ…今までの悪魔は…すべて…」
『いろいろ試させてもらったよ。…ただ次はあんな生易しいもんじゃないぞ。』
「…やっぱり…あの時、お前を海に放り込むんだったな。」

神取の低い笑い声が聞こえた。

『楽しみにしてろよ。絶対に召喚してみせるから…』
「……」

神取の気配が消えた。

(人の心を読めるんだ…ショーの日取りもばれてるだろうな…。)

浅野はカレンダーをめくった。翌月の満月の日に丸が付けられている。その日がショーの日だ。

(どうにかしないと…。)

浅野は唇を噛んだ。その時圭一が入ってきた。
浅野はカレンダーから離れた。

「ただいま!浅野さん!」
「お帰りなさーい…って、ここはメイドカフェじゃないぞ!」

圭一が笑った。

「どうしてメイドカフェって発想になるんですか…。家じゃないぞっていうならわかりますが。」
「いや、初めて入った時、感動してね。」

圭一がくすくすと笑い、奥にある厨房に入ると、スーパーの袋から野菜を取り出し冷蔵庫に入れた。
揚げ物などは食堂に頼むこともあるが、サラダやちょっとしたつまみはここで作る。

「トマト切っておきましょうか。」
「そうだな…助かるよ。」
「いえいえ。」

圭一が鼻歌を歌いだした。それを聞いて浅野は疑問が浮かんだ。

どうして自分は圭一の歌声を聞いても大丈夫なんだろう…と。
悪魔達は、圭一の歌を聞いて完全に動きを封じられていた。でも悪魔であるはずの自分には何もない。リュミエルもそうだ。キャトルは寝てしまうが、それはリュミエルと契約する前からだったそうだ。
元天使だから大丈夫なのか?…しかし、浅野は天使だったことはない。…もしかすると、悪魔じゃなくて天使かもしれない…なんて甘いことは考えない方がいいだろう。

…考え込んで動きが止まっている浅野に、圭一がトマトを切りながら「浅野さん?」と言った。

「ん?」

浅野は我に返って、厨房の圭一を見た。

「どうしました?何か考え事ですか?」
「ん…」

浅野は、カウンターの中にある休憩用のパイプ椅子に座りながら言った。

「圭一君の歌…家で毎日聞いてるんだ。」
「!?え?アルバム買ったんですか!?」
「うん。久しぶりにCD屋さんに行ったよ。」
「言ってくれれば、差し上げますのに。」
「いやいや。プロダクションにはお世話になってるから、貢献しなきゃね。」
「十分に貢献してもらってます。」

その圭一の言葉に浅野は首を振り、小さく笑って言った。

「…君の歌を聞いても…なんで俺は平気なんだろうと思ってね…」
「!?…どういう意味ですか?」

圭一は切ったトマトをラップで包み、冷蔵庫に入れながら言った。

「俺はたぶん悪魔だと思うんだ。」

浅野が呟くように言った。

「え?…浅野さんが?…どうして…」

圭一がそう言いながら、浅野の隣にあるパイプ椅子に座った。浅野は下を向いて自嘲気味に言った。

「俺は捨て子でね。産まれてすぐに乳児院の玄関に置かれていたそうだ。…それも背中には羽が生えていたんだそうだよ。」
「!!」
「たぶん、俺の親が気味悪がって捨てたんだろう。それからもずっと俺は気味悪がられながら、施設の中で成長してきた。」
「…浅野さん…」
「たぶん…なんだが…俺は天使と人間の間に産まれたんだと思う。天使と人間のハーフはイコール…悪魔だと聞いたことがある。」

圭一が目を見開いた。

「でも…浅野さんが悪魔だなんて…僕は思えない…。」
「…ありがとう。」

浅野が圭一に向いて微笑んだ。

「でも今は、圭一君という友人に出会えて…初めて生きる楽しさというかな…喜びを感じているんだ。…最近は悪魔であることが気にならなくなった…。」

圭一が微笑んだ。

「僕は浅野さんが悪魔でも構いません。リュミエルも…キャトルも…。皆、仲間ですから。」
「そうだな。」

浅野が微笑んで圭一を見た。
そんな浅野と圭一を、姿を隠したリュミエルが神妙な表情で見ていた。

……

浅野は、バーでの仕事を終え、家へ帰ってきた。

「あー…早くショーの構成考えないと…」

そう呟きながら、ベッドに体を投げ出すようにして浅野が寝ころぶと、リュミエルが姿を現した。

「!?珍しいな…リュミエル。どうした?」

浅野が体を起こして言った。

「お前に言っておきたい事があって…。知っておいた方がいいと思ってね。」
「?…なんのこと?」

リュミエルはため息をついてから言った。

「私にもわからないんだが、お前は本当に天使と人間の間に産まれたのか?」
「…羽が生えている時点でそうだろう。」
「…そうだな…」

リュミエルは浅野のベッドに腰掛けて言った。

「お前がもし本当に、天使と人間の子なら…死した後は、魔界に閉じ込められる。私のようにマスターに会いに来ることはできないし、名前をかえて蘇る事も無理だ。」

浅野は神妙な表情で黙っていた。

「産まれたお前には本当は罪はないんだが、人間と交わったお前の父の罪を、お前も一緒に受けなければならない。」

天使が人間界に来ると大抵は男性形になるという。そして女性と交わり子どもを作るのだ。

リュミエルの言葉に、浅野は小さくうなずいた。

「でないと、俺のような人間がまた人間と交わることになり、人間界が混乱するというわけだ。」
「そう…」

浅野はため息をついた。リュミエルが言った。

「神取がお前の命を狙うのは、そのためだ。」
「!…あいつは、神の命を受けているわけか?名前が神取だけに…」