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circulation【1話】赤い宝石

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 それらをキラキラと包み込むプラチナブロンドの髪は、全体にごく緩やかなウェーブがかかっていた。
 その上には、苺色のリボンに白い大振りのレースがついた、カチューシャ状のヘッドドレスが乗っている。

 まるで、砂糖菓子のような、ともすれば、甘い香りすら漂ってきそうな女の子。それがフォルテだった。

 私の視線に気付いたのか、フォルテが不思議そうにこちらを見上げる。
 ラズベリー色のおいしそうな瞳。
 こんな色の目をした人に、私は今まで会った事がなかった。

 自立してからの四人旅は一年目だったが、私は、冒険者の両親と鼠色の大きな犬と一緒に、物心ついたときには既に旅をしていた。
 両親に連れられて、色んな国の人を見てきたが、それでも、こんな色の瞳を見たのはフォルテが初めてだったように思う。
『遥か東の方に住む少数民族……』民俗学者のお爺さんの声が、耳に蘇る。

「ラズ、どうかした?」
 フォルテが少し心配そうに私の目を覗き込んでいる。
「ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」
 あははと笑って誤魔化す。

 いけないいけない。
 今の私は、この砂糖菓子のような女の子の、保護者なのだから。
 もっとしっかりしなくては……。と、どんなクエストの最中も、いつも私への笑顔を絶やさなかった両親を思い浮かべた。

 ガチャリ。と重厚な音を立てて、ドアノブが動いた。
 私達の入ってきた扉とは逆の位置の、大きな扉が観音開きに開かれて、先ほど私達を案内してくれた使用人の女性が顔を出した。

「お待たせいたしました。お食事の支度が整いましたので、ご案内いたします」
 開かれた扉の向こうは食堂になっているらしく、遠くに長いテーブルと椅子が並べてあるのが見えた。
 ぞろぞろと移動する。
 それにしても広い食堂だ……。もしかしたら、この部屋で、立食パーティーだとか、そういった事もするのかもしれない。
 テーブルがいくつも入るような、宴会場のような広さだった。
 十人は掛けられそうな長いテーブルに、四脚分のみ用意された椅子が、なんだか不釣合いだ。
 もっと小さな部屋はなかったのだろうか。それか、小さなテーブルは……。
 ピシっとテーブルセッティングされた食卓では、王冠のような形に畳まれたナプキンが、大きな皿の上に乗っている。
 ナプキンを膝に広げると、もう私達の意識はこれから出てくる料理に向いてしまい、部屋の広さなどは気にならなくなってしまったが。

 あれ、ナイフの並びがなんだか変な気がする。
 ふと気になって、ナイフを外から数えてみる。
 どうやら、肉料理と魚料理の順番が逆になっているようだ。
 カトラリーを並べ間違えたのか、実際にお肉の後にお魚が出てくるのかは分からないが、周りを見ると全員の物がその順で並んでいた。
 デュナにその話をしようかと口を開きかけたとき、隣の部屋……おそらくキッチンになっているのだろう場所から、静かにワゴンが入ってきた。
 大きなスープ皿には、緑色の液体が見える。
 ほうれん草?そら豆?つい色々と想像してしまう。

 絨毯のおかげか、音も立てずにやってくるワゴンを、私達は揃って待ち構えていた。


 皆の目の前に並べられている大きなお皿に、スープ皿が置かれる。
 全員に渡ったのを確認して、私達は声を揃えた。
「「「「いただきまーすっ」」」」
 スープを口に運ぶ。
 あ、ちょっと……辛いかな……?
 何のスープって言われたんだっけ。あれ、説明なかったよね?
 ああ、けどレストランってわけじゃないもんね……。

 などと考えていると、案の定フォルテが隣から
「ラズぅ……これ、ぴりってする……」
 と、涙目で訴えた。
 スープを良く見ると、胡椒に、鷹の爪に、表面にはうっすらと赤い油のようなものも浮いていて、ポタージュ系のスープとしては珍しい辛さに仕上がっていた。
「うーん、ちょっと辛いね。フォルテには厳しいかな……?」
 フォルテの頭を撫でようと思うも、席と席が離れていてほんの少し届かない。
「じゃあ、フォルテのスープ、俺もらっていい?」
 フォルテの向かいに座るスカイが、嬉しそうに手を伸ばした。
「はいどうぞ。スカイにあげる……」
 平たく重いスープ皿をよろよろと持ち上げようとするフォルテに、スカイがさっと身を乗り出して、自分の皿を持たせた。
 それはもう、すっかり空になっている。

 二杯目をご機嫌で掻き込むスカイ。
 相当な速さで、音を立てずに動くスプーンが何だか異様だ。
 スカイは、辛いものが好きだった。
 むしろ、甘い物は苦手なのだが、甘いもの大好きのフォルテはまだそれに気付いていないようだ。

 私も、気付くまで数年かかった。
 なぜかというと、食べるからだ。スカイが。無理をして。
 たとえ後から吐く事になろうとも、人がくれるお菓子は断らないというその頑張りは、間違っていると思う。

 なので、フォルテにその事を教えるつもりも今のところ無かった。
 いい加減自分で気付いてほしい。フォルテではなく、スカイに。
 頑張る方向が間違っている事を。

「ラズも飲まないのか? スープ」
 その声にスカイを見る。
 スカイの顔には、はっきりと『飲まないなら欲しいなぁ』という文字が浮かんでいた。
「う、うん。ちょっと辛いから遠慮しようかと思って……」
 飲めないことはない辛さだったが、ついそう答えてしまった。
 スカイの後ろに、ぱあっと花が咲くのが見える。
 あまりの分かりやすさに、思わず噴出しそうになるのをこらえつつ、スープ皿を渡した。
 フォルテのときと同じく、手元には、空になった皿が瞬時に乗せられる。
 さすが盗賊と言うべきか、そのすり替えの早さには驚かされるが、それよりも席の離れたこの対角線上の位置へ、どうやって手を伸ばしたのかが謎だった。
 私の正面にいるデュナも、そろそろスープを飲み終わりそうだ。
 ウェイターさん……じゃなくて、ええと、男の使用人さんが様子を見に来ている。
 次のお料理も、すぐ出てきそうだ。


 お腹いっぱい夕飯を食べて、案内された客室は三人部屋だった。
 ベッドが三つ並ぶ、客人専用に設えられた室内。
 旅館でもない個人の家に、こんな部屋があるとは……さすがお屋敷といったところか。
 マーキュオリーさんには、しっかりお礼を言わないといけないな、と、そこまで考えてから、彼女が二週間程帰ってこないという話を思い出す。
 デュナはそれまで待つつもりなんだろうか?
「デュナ、結局石は――……」
 私の背後、出入り口に一番近いベッドに、デュナは突っ伏している。
 どうやら、寝てしまっているようだった。

 靴も脱がずに、ベッドに倒れこんだままの状態で。
 ベッドで一休みしていて、そのまま寝てしまったんだろうか?
 お酒は飲んでなかったよね……? と、思い返す私の横を、すっと大気の精霊が通り過ぎて消えた。
 ……あれ?

 本来、精霊というのはどこにでもいるものだ。むしろ、この世は精霊で満ち溢れていると言ってもいい。
 それでも、普段はこの世界と平行になっている向こう側の世界で生活しているので、私達にその姿を見せることは無いと言われている。