小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

circulation【1話】赤い宝石

INDEX|8ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 その時のフォルテは、今ひとつピンとこないような顔で首をかしげて私を見上げていただけだったが、やはり、何か思うところがあったのだろうか……。
「ええと……ね」
 フォルテが、彷徨わせていた視線をやっと上げる。
 目が合って、少しでもその緊張を和らげるべく、微笑みを返した。
「なんかね……怖い……このお家……」
 肩の力がどっと抜けるのを感じる。
 が、出来る限り表情には出さないように答えた。
「そうだね。私もこんな大きなお屋敷初めてで怖いよ」
「……」
 フォルテの瞳が一瞬揺らいだような気がする。
 何か返事を間違えただろうか。
「大丈夫大丈夫。取って食われたりはしないって。俺達皆で行くんだし、怖くない怖くない!」
 スカイが明るく励ます。
「うん……」
 つられて、少しフォルテの表情も弛む。
「ほら、一緒に手を繋いで行こ?」
「うん」
 私の差し出した手を握り返して、フォルテがようやくはにかんだように微笑む。
 その笑顔に頬擦りしたくなるのをぐっと堪える。人様のお屋敷の前だし。誰が見てるかもわからないし。と自分に言い聞かせて。

 スカイがフォルテを降ろすと、そのまま反対の手を取った。
 ……3人横に並ぶつもりだ、この人……。
 それはちょっと……恥ずかしい気がする。
 少し離れたところからこちらを窺っていたデュナが、しびれを切らして声をかけてきた。
「もういいー? 呼び鈴鳴らすわよー」
 玄関前でそんな大声を出したら、呼び鈴を鳴らすまでもなく誰か出てきそうなものだが、そこはさすがにお屋敷というかなんというか、建物から伝わる人口密度は低そうだった。
 あまり、人の気配がしない建物というのは、気味のいいものではない。
 こんな風に、薄暗くなってきた中では、尚更だ。

 フォルテの手をそっと握り直して、デュナが無遠慮に鈴の紐を引きまくっている玄関の、大きな扉に向き合う。
 豪奢な飾りのついた鋳鉄製の呼び鈴は、鳴らし方にも問題があったが、甲高い、耳障りな音を立てている。

 この際、横一列に並んでいることについては考えないことにした。


 たいして間を置かず、扉が内から開かれる。
 中から、メイド服を身につけ、髪を後ろで一つにまとめた女性が顔を出した。
「……ど……」
「こちらに、マーキュオリーさんっていらっしゃるかしら?」
 使用人らしき人が何かを言うより早く、デュナが問う。
「……申し訳ありませんが、お嬢様はお仕事で、しばらくお戻りになりません」
 気を取り直すように一語一語丁寧に発言する女性の態度は、気のせいか、デュナから会話の主導権を取り戻そうとしているようにも見えた。
「しばらくというのは、具体的にどのくらいなのかしら」
「二週間程になります」
 ……さすがに二週間もトランドで待ちぼうけというのは難しい。
「行き先は?」
「伺っておりません」
 そこまで聞いて、デュナが少し考えるような顔になる。
 メガネを軽く押さえて黙り込んでしまったデュナの後ろにいた私と、使用人の女性の目が合った。
「お嬢様にどのようなご用件でしょうか」
 にっこりと、穏やかな笑顔。
 ほんわかと、笑顔に釣られて答える。
「ええと、届け物を頼まれたんですが……」
「それでしたら、こちらでお預かりいたしましょうか」
 有難い申し出を、デュナがきっぱり断った。
「遠慮しとくわ、本人に手渡すよう依頼されたものだから」
 あれ、そんな風に頼まれたかな……。
 数日前の記憶を呼び戻そうとしていると、急に話題が変わる。
「お客様方、本日のお宿はお決まりですか?」
「うん? まだだよ」
 視線が合ったのか、スカイが答える。
 あたりは既に夕闇に包まれている。
「よろしければ、こちらでお休みになって下さい」
「え、いいの?」
 静かに扉が開かれる。
「お嬢様に、不在時にお客様がいらしたら、丁重に持て成すよう仰せつかっておりますので……」
 マーキュオリーさんは、妹さんから誰かが使いに出されることを聞いていたんだろうか。
 大きく開いた扉に招き入れられて、スカイとフォルテが、それに引き摺られる形で私も後に続く。
 タダで、こんなに立派なお屋敷に寝泊りできるとなって、ちょっと浮かれてきてしまう。
 さっきまで、恐々としていたのがまるで嘘のようだった。

 玄関を振り返ると、デュナが一人、まだ何かを考えながら歩いている。
 普段なら、こういうとき一番嬉しそうにするのは彼女のはずなのに……と思ったとき、デュナがパッと顔を上げた。目が合うと、ひとつウィンクを投げられる。
 ……なんだろう?
 よくわからないけれど、心配しなくていいという意味だろうなと受け取って、手を引かれている方。スカイの進むほうへ視線を戻す。

 通されたのは、落ち着いた装飾の応接間だった。


「こちらでしばらくお待ち下さい」と、応接間に四人取り残される。
 夕食を用意してくれるらしい。
 四人分ともなると、結構な量だと思うのだが、そんなに気を使ってもらっていいんだろうか……。
 まだカーテンの開かれている、大きなガラス窓から外を見る。
 応接間は建物の表側に面していて、綺麗に整えられた庭木の向こうに、私達が通ってきた、門から続くまっすぐな道が見える。
 明るい時間なら、この庭を眺めるだけで待ち時間も十分楽しめそうだったが、今はもう薄暗く、ガラスから少し身を離すと、指紋ひとつなく拭き上げられたガラスに、室内の風景がくっきり映った。

 三人掛けのソファーの真ん中に、腕組みして足も組んで座っているデュナ。
 火の入っていない暖炉の上に飾られた、絵皿や飾り時計を、楽しげに眺めているスカイ。
 そして、まだ私にぴったりとくっついているフォルテの、少し不安げな顔が、ガラスに映し出される。
「フォルテ、今日はきっとふっかふかのベッドで寝られるよー」
 少し屈んで、そのプラチナブロンドの頭にささやく。
 顔を上げた小さな少女が、ふんわりと微笑んだ。
「うん、楽しみだね」
 もしかして、私に心配をかけないようにしてくれているのかな……。

 先ほどのデュナといい、この、私よりずっと小さな手で私のマントを掴んでいる少女といい。なんだか、ほんの少し、自分が情けないような気がしてきた。
 ガラスに映るフォルテを見る。
 裾に桜色のレースがついた、真っ白なケープ。
 大きく開いた首元を、苺色のリボンでぐるりと巻いて、
 正面でたっぷりとしたリボン結びになっているデザインが、フォルテをさらに幼く見せている。
 ケープの下には、ローズピンクのワンピース。
 ここにも、大きな苺色のリボンがハイウエスト気味に巻かれており、背中側で大きな蝶を作っていた。
 パニエというほどのボリュームではないが、ふわふわと幾重にもギャザーを寄せられたアンダースカートが、ふんわりしたシルエットを作るとともに裾から白いフリルを覗かせ、一層甘い雰囲気になっていた。
 肩から斜めに提げられた、金色のチェーンの先には、ころんとしたフォルムのガマグチポーチがぶら下がっている。
 薄紫のポーチの表面には、白いレース糸で編まれた小花がいくつか花を咲かせている。