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circulation【1話】赤い宝石

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 精霊がこちらの世界に姿を現すのは、魔法が使われる時だけだと。

 魔法使いや魔術師達は、魔法を実行する際に必要な要素……例えば、火だとか水だとかを精霊達にお願いして用意してもらうのである。
 もっと細かい構成をする人になると、素粒子単位でオーダーを出したりするらしいのだが、私にはちょっと分からない感覚だ。

 そうして、頼まれたものを提供した精霊たちは、報酬として精神力……俗にマジックポイントとかスキルポイントとか呼ばれるそれを貰いうける。

 私には、貰いうけるというより、その場でもしゃもしゃと食べているように見えるが、魔術の教科書には「精神力を受け取り元の世界に帰る」と書かれていた。

 そういうわけで、魔法が使われるとき以外、精霊はこちらの世界に来ることが無いと、一般的には言われている。
 しかし、精霊自身はいつでも好きな時に、こちらの世界へ顔を出すことが出来るので、実際は、綺麗な場所だとか、お祭りの最中だとか、そういうところでは、誰に呼ばれたわけでもない精霊達の姿を目にするものだった。

 とはいえ、私のように精霊の姿を目にすることが出来る人間はごくわずかしかいない。
 いわゆる霊感があるとか言われる類の人だけが、その姿を見ることが出来るため、こういった事は知らない人の方が多いわけだが……。

 見えたからといって何の役に立つものでもなかった。
 せいぜい、その人が魔法を発動する準備が出来ているかそうじゃないかが見分けられるというくらいか。
 それすら、私のように対人戦を行わない者にとっては、意味がなかった。

 そんなわけで、パチパチと髪に静電気のようなものを光らせながら消えていった大気の精霊を見て、一瞬、デュナが魔法でも使ったのかと思ったわけだが、ぐっすり眠っている姿からはそれも考えにくい。

 窓際にあるベッドでは、フォルテがブーツを脱ぎ捨てて、ベッドの中央あたりで丸くなっている。
 小さな両手を柔らかい頬に寄せて、ラズベリー色の瞳は、今にも閉じそうにうとうとと小さな瞬きを繰り返していた。
 カーテンの隙間から、月の光がそのプラチナブロンドの髪を細く照らしている。

 ここに来るまで三日は歩き通しだった。
 昨夜は野宿だったし、皆、疲れが溜まっているのだろう。

 部屋の空調はぽかぽかと暖かく、お腹はいっぱいで、足も体もとても重い。
 私も、もう、このまま寝てしまいたい気分だった……。


 小さな手が、私の腕に二つ乗せられている。
 ぽかぽかしたその手に、遠慮がちに揺らされて目を覚ました。
「ラズぅ……トイレ、どこかなぁ……」
 私まであのまま寝てしまったのか、靴も脱いでいなかった。
 辺りはシンと静まり返っている。
 起してごめんね。とフォルテが小さな声で謝った。
 気にしなくていいよ、と頭を撫でて、フォルテの手を引いて部屋を出る。

 デュナは、さっきと全く変わらない姿勢でベッドにうつ伏せていた。
 途中で目を覚まして着替えるだろうと思っていたので、なんだかちょっと意外だったが、同じく靴も脱がずにうたた寝していた自分が言えることではない。

 さすがに旅館ではないので、部屋にトイレは付いていないし、私達はトイレの場所についての説明を受けていなかったため、フォルテと二人、真夜中に、見知らぬ屋敷でトイレを探すはめになってしまった。
 廊下はさすがに部屋よりひんやりしている。
 それでも、外に比べればずっとマシだったが。
「寒くない?」
 フォルテがこっくりと頷く。
 周りをぐるりと塀で囲まれた屋敷だからか、外からは、微かに聞こえる葉擦れ以外の音が無い。

 まっすぐ続く長い廊下には、毛足の短い絨毯が隅々まで敷かれていて、私達の足音を飲み込んでいる。
 どうして廊下の天井がこんなに高く作ってあるんだろう。広々としている分、余計に寒々しさを感じる。
 窓の外に映る空には、一つの星もない。
 雲が出てきてしまったのだろうか、月も、その姿を隠してしまっていた。

 なんというか、野宿で迎える深夜より、室内で迎える深夜の方が怖いというのもどうかと思うのだが。フォルテは明らかに怯えていたし、私もまた、外敵への恐怖とはまた違う、この言い知れない不気味さに正直足がすくみそうだった。
「ほら、フォルテ、早くトイレ探さないとでしょ?」
 小さい体をさらにちんまりとさせてしまったフォルテに声をかけて、私達は階段を下りた。

 一階で、ようやくトイレを発見する。
 これだけ広い屋敷なのだから、おそらく二階や三階にもあったのだとは思うが、見知らぬ屋敷ですべてのドアを開けて回るわけにもいかず、こうなってしまった。

 フォルテが出てくるのを、扉の外で待つ。
「ラズ?」
 心細そうなフォルテの声がする。
「うん、ここにいるよー」
 返事をしたとき、上からドンという物音がした。
 重いものが床に落ちたような、そんな音だ。

 なんだろう。
 確かスカイが二階で寝ているはずだが、ベッドから落ちるような寝相ではないし……。
 フォルテの反応が無ったのは、気にならなかったのではなく、もしかしたら恐怖で固まってしまっているのだろうか。

 扉の向こうから、紙を引く音が聞こえてほっとする。

 しばらくして、バタバタと走る足音のようなものが微かに聞こえる。
 この絨毯の上で尚響く足音というと、相当慌てて走っているのだろうか。
 さっきの音は、何か……例えば、シャンデリアだとかが落ちた音だったりしたのだろうか?
 いや、そんな簡単に落ちてこられても困るけど、それなら慌てて使用人さん達が片付けようとするのも分かる気がする。

 深夜だというのに大変だなぁと思っていたら、フォルテがトイレから出てきた。
「ラズ……さっきの、何の音かな」
「うーん。何だろうね」
 不安げにしているフォルテの頭を軽く撫でて、今度は私がトイレに入る。
 さすがに広い屋敷なだけあって、トイレも二つ並んでいたのだが、水音を聞くまではその気がなかった。
 一緒のタイミングで入っていれば、もう帰ることが出来ただろうに、外で一人待たせてしまうことをちょっぴり後悔しながら、手早く用を足すことにした。