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circulation【1話】赤い宝石

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3.トランド



 町を出て三日目。
 昼が過ぎようとする頃、ようやくトランドが見えてきた。
 遠目に、ぐるりと町を取り囲む城壁と、高い塔をいくつも束ねたような白緑の城に、翻る無数の旗が見える。
 ここからでも見えるくらいの旗というのは、相当なサイズなんだろうな。とか、きっと重くて洗濯も大変なんだろうな。などと考えているうちに、遠かった城壁は目の前に迫っている。
 町への出入りに簡易的なチェックがあるにはあるが、身分証を提示できれば誰でも通れるため、あってないようなものだった。

 三人分の冒険免許を提示して、フォルテの場合は年齢が十五以下なのを確認してもらう。
 お役人さんが目の前にかざしている、深緑色をしたカード型のアイテム。
 それは、相手が非公開にしていないステータスを見ることが出来るマジックアイテムで、一般的に普及しているものだった。
 現に、デュナも一枚所持している。
 法的な機関には、相手が非公開設定をしている項目まで見ることができるような物もあるらしいが、私は目にしたことが無い。

 フォルテを覗き込んだお役人さんが、首をかしげる。
 フォルテは、私のマントの後ろに逃げ込みたいのをぐっと堪えているようで、両手でマントを握りしめたまま、引け腰ではあったが、なんとか、お役人さんの靴元を見ていた。

 お役人さん……口元にヒゲを蓄えた、恰幅のいい、というか、ちょっぴりふくよかなおじさんが、その人の良さそうな垂れ目を私に向けた。
「お嬢さん、この子は一体……」
 お役人さんの疑問は当然だった。
 フォルテのステータスは、年齢・名前・職業以外のほとんどが空欄だからだ。
「この子は、その、記憶喪失なんです……」
 ありのままを告げると、おじさんは小さな目を精一杯開いてフォルテを見つめた。
「ほほう……記憶喪失ねぇ……長年門番をしているが、こういうのは初めてだよ」
 フォルテを連れてトランドに入るのは、これで3度目だろうか。
 前回も、その前もこんな反応だった気がする。
 せめて、以前と同じ人に見てもらえばスムーズに通れそうなものなのだが……。
 おじさんは、カードをホルダーに戻すと、フォルテに手を伸ばす。
「まだこんなに小さいのに、可哀想になぁ……」
 が、その手がフォルテの頭を撫でることはなかった。
 その手が伸びきるよりずっと早く、フォルテはマントの裏側へ消えてしまった。
 サイドから、ごっそりマントを後ろへ持って行ってくれたフォルテのおかげで、私の首は軽く絞まっている。
「ごっごめんなさい、この子ちょっと人見知りで……」
 咳き込みそうなのをこらえつつ、慌ててフォローを入れる。
 おじさんは、ほんのちょっと傷ついたようではあったが
「そうだよな、そりゃ右も左も分からない世界じゃ臆病にもなるさ」
 と、温かく送り出してくれた。



 トランドの町は広い。
 巻物の届け先は、きちんと地図が添付されていたが、石の届け先は、彼女のお姉さん『マーキュオリー・クルーガー』の名前のみしか分からなかった。

 町の東には彼女の家があるそうだが、そこには居ない可能性が高いと言われてしまったし、では、どこを探せばいいと言うのだろうか。

 とりあえずは、目に付いた軽食スタンドで軽く腹ごしらえを済ませてから、マーキュオリーさんについての情報を集めつつ、巻物を届けに行く事になった。


 巻物を届け終え、東地区に入ると、あたりはもう夕日の色に染まり始めていた。
 マーキュオリーさんの御宅は、誰に聞いても答えてもらえるほどに、立派なお屋敷だった。
 なんでも、高名な封印術師のお家なのだそうだ。
 町の人によれば、代々続く封印術師の家系という話だったが、そのわりには、レストランで出会った彼女……マーキュオリーさんの妹さんの服装は
 封印術師とは程遠いというか、むしろ、召喚術師のようだった気がしないでもない。

 まあ、デュナの服装も、スカイの服装も、それぞれの職業に似つかわしいかと聞かれれば、首を横に振らざるをえないわけで、衣装というものはやはり、好みに左右されるところが大きいものだとは思うが。

「でっかい家だなー」
「おっきいねーー」
 スカイとフォルテが、似たような仕草で屋敷を見上げている。
 私達は、マーキュオリーさんの御宅に……いや、マーキュオリーさんのお宅の、門の前に着いた。
 門から玄関までは、まだ数分歩かないといけない気がする。

 ぐるりと屋敷一帯を取り囲む石塀に、重たそうな金属製の大きな門。
 これは果たして、勝手に開けてしまってもいいものなのか。
 それ以前に、押したり引いたりする程度で開く物なのだろうか……。
 と、思う間に、スカイがひょいと押し開けてしまったが。
 きちんと手入れがされているためか、黒々と塗られた鉄柵のような門は、存外軽い音で動いた。

「へぇ」
 スカイが感心しているところを見ると、手ごたえとしてもあまり重くはなかったのだろう。
 屋敷自体は全体的に3階建てで、横に広がる形になっていた。
 まるで、学校のようだな……と数年前に卒業した校舎を思い出してみる。

 見知らぬ人の土地に足を踏み入れるのは、私でも多少不安ではある。
 しかも、こんな大きなお屋敷に、呼ばれたわけでもなく、となると、大分心細くなってしまう。
 フォルテもやはりそうらしく、マントの後ろに半分隠れるようにしてついてきている。

 気持ちはよくわかるのだけど、あまり、後ろに引っ張られると、首が、絞まります。
「フォルテ、手を繋いで行こう?」
 声をかけてみるのだが、反応がない、これは随分テンパっているようだ。
 スカイがフォルテの傍に回ると、ふいにマントが軽くなった。
 一息ついて、前を歩くデュナを見上げる。その向こうに、これまた大きな玄関が近付いている。

 振り返ると、フォルテはスカイに抱き上げられていた。
 十九歳の青年が十二歳の少女を抱える姿にはとても思えないくらい、フォルテは小柄だった。
 かといって、親子に見えるほどスカイも老けてはいなかったが。
 夕闇の中で、分かりにくくはあったが、フォルテの顔色が良くないように見える。
「デュナ、ちょっと待って」
 引きとめておかないと、どんどん先に行ってしまいそうなデュナに声をかけ、フォルテに近付く。
 ぎゅっと身を固くしてしまっているフォルテに、なるべく優しく声をかける。
「フォルテ、どこか痛い? 具合悪いの?」
 スカイも心配そうにフォルテを覗き込んでいる。
 きっと、私もこんな顔をしているのだろう。
「どこも痛くない……」
 ぽつりと返事が返ってくる。
 フォルテの視線はまだ下のほうを向いているが、その言葉にひとまず安堵する。
「いっぱい歩いて、疲れちゃった?」
「ううん、大丈夫……」
 大丈夫という事もないだろうが、それが原因ではないという事か……。
「何か……嫌なことでもあった?」
 先ほど、巻物を届けに行った先での話を思い出す。
 巻物の届け先は、なにやら埃っぽい古びた研究所の一室だった。
 そこで、民俗学の研究をしているというお爺さんが、フォルテの姿を見て仰った。
 ここから遥か東の方に住む少数民族に、フォルテの姿が良く似ていると。