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circulation【1話】赤い宝石

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「こういうの見逃したらダメだって。大体、俺が突っ込まなかったら、三千ピースは全部デュナの懐行きだぞ?」
「うーん……。でも、見つけてきたのも拾ってきたのもデュナなわけだし……」
 私の言葉に気を良くしたデュナがふんぞり返る。
 普段は白衣に隠されているが、そのプロポーションはなかなかのものだ。

「ほーら、ラズはこう言ってるじゃない。フォルテも、千もらえたら十分よねー?」
 突然ふられたフォルテは、しばし考えて
「うん。千ピースあったら、お菓子いーーーーっぱい買える♪」
 と、嬉しそうに答えた。
 実際、デュナの研究には何かとお金がかかるのだろう。
 完成品が出来るまでには、調整を重ねなくてはならないのだろうし、彼女が試作品とやらを抱えてスカイに迫る姿は、もはや日常だった。

 それに、デュナは私やフォルテには何かとふるまってくれることも多く、今回の事にしたって、私達に千ずつは還元してくれる事を、素直に有難いと思っていた。
 旅に必要ないくつかの雑貨を買って、ほんの少し嗜好品を買ったところで、十分貯金に回せる。
 それはフォルテも同じだった。

 そう、デュナは決して暴君ではないのである。スカイ以外に対しては。
「ちょっと待てよ? ラズに千でフォルテに千で、俺には?」
「あんたには五百ね」
「何でだよっ!!」
「あんたがもう少し使える奴だったら、牙も爪も木っ端微塵にならずに、もっと沢山取れてたのよ?」
「俺今レベル二十五だぞ!? 相当頑張ってただろ!!」
「自分で言うようじゃまだまだね。もう、あんた他のお客さんの迷惑になるから出て行きなさい」
「まだ食事中だっつーの!!」
「あんたデザート食べないじゃない」
「コーヒーぐらい飲ませろ!」

 二人の会話に入り込めず、ちらと横を見ると、フォルテもこちらを見上げていた。
「まあ、いつものことだからね」
 フォルテに小さくささやくと
「うん♪」
 という返事が可愛い笑顔と共に返ってきた。

「デザート楽しみだね。私、木苺のモンブランが乗ったタルトにしたんだよ」
 キラキラと瞳を輝かせて話すフォルテ。
 もしかして、彼女の耳に二人の言い争う声は届いていないのかもしれない。
「そっか。美味しそうだね」
「ラズにも、一口あげるからね」
「うん、ありがとう。私のクリームチーズのケーキも一口あげるね。マンゴーのソースが美味しいんだよ」
「わーっ楽しみーっ」
 うずうずしているフォルテには申し訳ないが、デザートが来るのはもう少し先になるだろう。
 この二人の口喧嘩が収まらないことには、このテーブルにウェイターは近寄りそうになかった。


 デザートをお腹に納めて、二杯目の紅茶をカップに注いだ頃、一人の少女が店内に駆け込んできた。

 年の頃十七〜十八といったところか、私と同じ程度の年齢に見えるその顔に、いくらかの汗と、明らかな焦りを浮かべていた。

 店内での待ち合わせに遅刻してしまったとかだろうか。と考えつつ、ぼんやりと彼女を眺めていると、キョロキョロと店内を見回すその視線にピッタリ合ってしまった。
 途端、こちらに駆け寄る少女。

「え?」
 私の声に、少女に背を向ける形で座っていたデュナとスカイも振り返る。
「すみません、あの、冒険者さん……ですか?」
 白衣のデュナと、おおよそ十五歳には見えないフォルテを見て、声の終わりが小さくなる。
 この国では、十五歳になるまでは、それぞれの職業に就くことを許されていないからだ。

 そして、私の格好はというと、大きなつばのとんがり帽子に、濃紫のローブ。濃紫のグローブ。
 どこからどう見ても、魔法使い以外の何者にも見えない。
 紫色というのは、魔力を宿す色とされ、精神統一の助けになるため、魔法使いが好んで身に付ける色だった。

 まあ、帽子も、服もズボンも全部が紫なのは、私自身の精神コントロールの悪さを主張しているようで若干恥ずかしくもあったが、駆け出しの魔法使いなど、皆このようなものだ……と、思いたい……。

 店内ではさすがに、帽子とグローブは外していたが、何しろ大きな帽子なので、椅子にかけていても十分目を引いたようだ。
「ああ、そうだよ」
 スカイが人懐こい笑顔で答える。
「あ、あの、届け物の依頼をお願いしたいのですが……」
 クエストの依頼なら、わざわざ直接言わなくても、掲示板に貼り出せばいいはずなのに、よっぽど手数料を払いたくないのか、それとも……。
 ぐいと重くなった肩に隣をみると、フォルテが恥ずかしそうに
 私のマントを引っ張って影を作っていた。
 そんなに力いっぱい引っ張られると、伸びちゃうよ……。

「どこまで、何を届けてほしいの?」
 スカイの声に、デュナが継ぎ足す。
「期限と報酬は?」
「ええと……届けていただきたいのは小さな雑貨で、場所はトランド、期限は……出来る限り早めでお願いしたいです」
「ふーん。それで、報酬は?」
 デュナのメガネが怪しく光る。
「そ、それが……手持ちがほとんどなくて……その……百五十ほどしか……」
 少女は、申し訳なさそうに目を伏せながら答えた。
 百五十では、屋台の安いホットドッグを四人で食べることくらいしかできないなぁ。などと思いつつ、デュナの反応を待つ。

 デュナは、残念そうに長く息を吐きながら、頭を振った。
 途端に少女の表情が曇る。
 がっかりというよりは、やっぱりといった雰囲気だった。
 もしかすると、今まで何件か声をかけた後なのかもしれない。

「いいよ。トランドの、誰に渡せばいいの?」
 答えたのはスカイだった。
「え、引き受けてくださるんですか!?」
「ああ、どうせ俺達トランドに行く予定だったからね。気にしなくていいよ」
「……あんたは、もうちょっと気にしなさいよ」
「あ、ありがとうございますっっ!!」
 デュナの小さな呟きは、少女の歓喜の声にかき消されてしまった。
「困ったときはお互い様だよ」
 爽やかな笑顔を添えたスカイの言葉には、何の迷いも無い。
 彼は、そういう人だった。
 むしろ、そんな彼の職業が盗賊だという事の方が、私にはいまだに納得できない。
 デュナも、こういう時のスカイには何を言っても無駄だと分かっているようで、それ以上は、口を挟むことなく、彼女の話を聞いている。

 そんなわけで、『出来る限り早く』という彼女の願いを叶えるべく、私達は早速、午後からトランドへ向けて出発することになった。


 日も暮れかかった頃、ホヨンという小さな村で宿をとる。
 今朝の疲れもあったので、今日はベッドで寝ようというデュナの提案だった。
 ……ということは、明日は野宿かな。

 私達の部屋にはベッドが二つ。私とフォルテは同じベッドだ。
 もうひとつのベッドにはデュナ。スカイは別室だった。
 部屋にひとつだけある、机の前の椅子に腰掛けて、デュナが赤い石を覗き込んでいた。
 片目には、メガネの上から拡大鏡のようなものを当てている。
 デュナは既にシャワーを浴び終え、宿備え付けのバスローブ姿だった。
 大きく組んだその片足が、露わになっている。
 間接照明しかない室内では、その肌はさらにきめ細やかに見えた。