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circulation【1話】赤い宝石

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 その点、こういったクエストの張り紙は、体力勝負で教養はちょっと……という人でも読めるように書かれている事が多く、フォルテにも十分理解の出来る内容だった。

「本の数は……二冊だな」
 スカイが口に出して確認した。
 以前、すぐ隣町へ書籍を届けるクエを引き受けたことがあるのだが、数についての記載がなかったものを、数冊だろうと軽く考えて酷い目に遭ったことがある。
 せめて、馬車持ち推奨というように書いてあれば気付いたのだが……。

 私達の移動手段は、もっぱら徒歩だった。

 もっとも、商売をする人達や、人数の多いパーティー、よほど腕の立つ冒険者以外で、馬や馬車を持っていることもまた珍しいのだが。

「じゃあ、これ申請してくるわよ」
 皆の意思を確認して、デュナが張り紙を剥がした。
 そのまま掲示板脇の小さな窓口に持って行く。

 デュナが軽くノックすると、小さくガラス戸が開くのが見えた。
 あそこで冒険免許証とPT登録証を提示して、クエストを引き受けることを伝えれば、あとは管理局の人が、依頼主に連絡をしてくれるという寸法だった。
 依頼主が管理局にクエストの募集掲載料を払っているからこその仕組みではあったが、私達にとっては無料で使える有難いシステムだ。

 二十年ほど前から、申請の際に管理局が今までのクエスト遂行履歴より、遂行可能レベルかを判断して許可を出すようになり、初級冒険者達のクエスト失敗率もぐっと下がったらしい。

 大きなひさしのついた、大きな大きな掲示板の前では、まだスカイに持ち上げられたままのフォルテが、普段は目の届かない高さのクエストを読み漁っている。

 真ん中から下の張り紙は、雑用ばかりが並んでいるが、それより上の物は、眺めるだけでもワクワクするものが多い。
 囚われの姫の救出などという張り紙を見つけたときには、いつあれが剥がされるだろうかと毎日覘きに行ったものだ。

 掲示板には、難易度の高いクエストほど、高いところに貼られる傾向があった。

 誰でも出来そうな仕事は誰にでも見える位置に。
 誰でもは出来ない仕事は見づらい位置に、と言う事なのだろうか。
 腕の立つ冒険者が皆、背が高いわけでもないだろうに……。
 などと、ぶつぶつ呟いているうちに、デュナが戻ってきた。

 ……そういえば、デュナに何か聞こうとしていた気がするのだが。
 思い出せないままデュナについて歩いて行くと、安くて量があってそこそこ美味しい、いつもの大衆食堂ではなく、そこまで高くはないけれど、お味は絶品の隠れ家的レストランの前に着いた。

 ああ、そうだ。
 薬屋の主人から報酬をいくら貰えたのかという事を、聞こうとしていたんだった。

 レストランの扉を開けて、スカイが呼んでいる。
「中入るぞー」
 足元では、フォルテがキラキラと瞳を輝かせていた。
 このお店のスイーツはちょっとしたものだ。
 メニューを思い浮かべると、急にお腹が減ってきた。
「行こうか」
「うんっ」
 フォルテの手を引いて、扉をくぐる。
 その後ろを、音もなく戸を閉めてスカイが続く。
 デュナはもう中のようだ。


「ねぇ、デュナ、薬屋さんからいくら貰えたの?」
 山葡萄のジュースが三分の一ほど残ったグラスの中をストローで無意味にかき混ぜながら、向かいに座る白衣の女性に声をかける。

 レストランで白衣というのは、どうも場違いな気もするのだが、脱いだら脱いだで、目に鮮やかなルビー色のキャミソールが、しかも丈は短くてヘソまで出ているとなると、ここは大人しく着ていてもらう他無い。
 ちなみに、下は光沢のあるブラックレザーのタイトミニスカートに、編みタイツ。
 足元は、さすがにピンヒールではないものの、ヒールの高い黒のエナメル靴に、ゴールドのチェーンが装飾されていた。
 どこから見ても、冒険者には見えそうにないが、マッドサイエンティストには見えそうである。

 私の質問を受けて、デュナは怪しくメガネを光らせた。

「ふふふふふ……。知りたい?」
 その雰囲気に、素直に頷くことを一瞬躊躇してしまう。
「う、うん……。えーと、聞いていい話なら……」
 フォルテに聞かせられないような話でないことを祈りつつ、心持ち姿勢を正して彼女に向き直る。

 隣で、皿に残るポテトのクリームをせっせと掬っていたフォルテも、顔を上げてデュナを見つめた。

 一方スカイは黙々と魚の身を拾っている。
 器用な彼の手にかかれば、どんなに骨の多い魚だろうと、一欠片の身も残らない。
 また、彼自身、こういったチマチマした作業をするのが好きなようだった。
 こちらをチラとも見上げないところを見るに、スカイには、デュナが羽振りのいい理由が分かっているのかもしれない。

 考えに没頭すると、すぐ周りが見えなくなる私に対して、スカイは何かに集中していても周りには常に気を配っていられる人だった。
「実はね、あのおじさんに、ブラックオウザスの牙を買ってもらっちゃったのよ」
 ニヤリと悪い笑みを浮かべて、デュナが答える。
 顔には髪の影が落ち、メガネだけが怪しく光っている。

 ブラックオウザスというのは、私達と今朝戦闘になった黒い獣の名前だった。
「へぇ、そうなんだ。牙が薬になるの? 知らなかった」
 うんうんと満足気に頷くデュナ。
「それで、いくらで買ってもらえたの?」
 私の声に、ギシッと一瞬デュナが固まったように見えた。が、すぐにグラスを引き寄せると、泡がはじける琥珀色の液体を流し込んだ。

 このお店のジンジャーエールには、通常の物と辛口の物の二種類があって、デュナが飲んでいるその辛口のジャンジャーエールは、私やスカイではむせてしまうほどキツいものだった。

「さ、さんぜんよ、さんぜん」
 微妙にカタコトなデュナの言葉に、スカイが顔を上げないまま突っ込む。
「絶対それの倍はもらってるな」
「えっ! てことは、六千ピース!?」
 私の声に、ちらほらと店内の人達の視線が集まる。
 うわー……ちょっと大きな声出しすぎちゃった……。
「ちょっと、声が大きいわよ、そんなたいした額じゃ無し……」
 確かに、道行く人の財布に、六千ピース入っていたところで、驚くような額ではないが、私の財布に入っているのだとしたら驚く。
 そんな額だった。
 具体的にいうならば、十代二十代の一般職に勤める人のひと月の給料の、まあ三分の一程といったところである。

「そもそも、牙だけでそんな額もらえるはず無いじゃない」
「牙に、爪に、目玉まで拾ってただろ?」
 そっとフォークとナイフを揃えて、スカイが顔を上げた。
「うぐっ、あんた、怪我治してたんじゃなかったの?」
「治してもらいながらでも、そのくらいは気付くって。どうせまたくだらない研究費に充てるつもりだったんだろ」
「そのくだらない研究の成果に、あんたは今日救われたのよ?」
「救われたと同時に死にかけただろ!!!」
 スカイの声に、また店内の注目が集まる。

「ま、まあまあ……。 実際、いつもデュナの研究には助けられてるんだし……」
 なんとかなだめようとすると、スカイが鋭く振り返った。