circulation【1話】赤い宝石
6.瓦礫
このまま壁を突き破って街に繰り出してくれれば、町はパニックになりそうだけど、治安局は出てきてくれるだろうなぁ。
などと他力本願な事を考えていたら、轟音と共に壁に体当たりをした巨大人形が、壁に大きな亀裂を入れつつ、あろう事か壁づたいにその巨体を大きく横へずらして倒れこむ。
そこは、私達の目指していた場所。
二階への階段だった。
「「ああああああああ!!」」
私とフォルテの声が重なる。
一歩遅れて、回復剤を一気飲みしたデュナが「あー……」とため息交じりに吐き出した。
階段は、下半分以上が瓦解していた。
地鳴りと共に、室内がなんとなく斜めになった気がする。
床が、どこかしら陥没してしまったのかも知れない。
これだけドタバタ暴れれば、それも仕方のない事だと思うが……。
「うおわっ」
聞き覚えのある声がかすかに聞こえた。
しかも、頭上から。
フォルテがパッと顔を上げる。
「スカイの声だ!」
なるほど、通りで聞き覚えがあるはずだ。
「ラズー! デュナー! フォルテー! 居るかー!?」
「居るーっ!!」
遠くから聞こえるスカイの声に、フォルテが元気よく返事をする。
「今建物傾いたよな、落ちるかと思ったよ……」
ほんの半日ほど聞いていなかっただけで、スカイの声が懐かしく聞こえた。
空き瓶を乱暴にポケットに突っ込むデュナ。
先程フォルテがこけた事を気にしての行動だろう。
「もう、いつまで寝てたのよ。あんたは肝心な時に役に立たないんだから!」
スカイの声に安心したのか、憎まれ口を叩くデュナの口元にも笑みが戻っていた。
巨大人形に近付く形になってしまうが、三人でそろそろと先程の位置まで戻る。
デュナの肩口には風の精霊が四人ほど待機している。
今のところ、巨大人形は倒れたままの姿で微動だにしていない。
私が開けてしまった大穴の下まで来ると、三階から顔を覗かせているスカイが見えた。
今さらだが、私の光球にスカイやマーキュオリーさん達が巻き込まれる可能性があったのだと思うと、ぞっとする。
「あ、スカイ、その階にマーキュオリーさんがいるはずなんだけど……」
ひょこっとスカイの隣に見た顔が現れる。
マーキュオリーさんの妹、クーウィリーさんだった。
「私も、姉もスカイさんに助けていただきました!」
どうやら、今起きたばかりというわけではないようだ。
三人が無事だったことにホッとする。
「とにかく二人を連れて二階まで下りてきなさい」
デュナの指示にスカイが困った顔をする。
「それがさ、階段周りが崩れかけてるんだよな」
そもそも、この建物自体が既に崩壊の危機だと思う。
「すみません、その、姉は高いところが苦手で……」
つまり、肝心のマーキュオリーさんが渋っていて動けないのか。
どおりで先程から少しも顔を出さないはずだ。
いきなり、巨大人形がこちらにその長い腕を振る。
「え」
倒れたままの姿勢からの急な攻撃に
私は、警戒していたにもかかわらず、対応できなかった。
巨大なその腕は、私達を薙ぎ倒すのに十分な大きさだった。
相当な速さでこちらへ伸びる土で出来た指は、その角度から、私を吹き飛ばす前にフォルテに当たる。
フォルテが潰されるところは、見たくない。
この子を連れて逃げなきゃ。
少しでも遠くへ。
私に考えられたのはそこまでだった。
唯一反応出来たデュナが風の精霊を私達に向けて放つ。
精霊達に押される形で、後方へと吹き飛ばされる。
同じく精霊に飛ばされて、フォルテが私の胸に背中から飛び込んでくる。
次の瞬間には床に叩き付けられるだろう。
フォルテが痛い思いをしないよう、なるべくしっかりその背を抱いた。
「ねーちゃんっ!」
スカイの声がホールに響く。
轟音と振動。デュナの小さな悲鳴がそれに続いた。
私達を逃がしてくれたデュナは……?
背中が、土と泥にまみれた硬い床に接触する。
地面をマントでこすりながら、土埃を巻き上げて、たっぷりと吹き飛ばされる。
自分の頭を打たない様に、背を丸めてきつくフォルテを抱えていたせいで、息が出来なかったのだろう。
止まったとたんにフォルテが「ぷはっ」と腕から顔を出した。
上体だけを起こしたままで、デュナの姿を探す。
「ねーちゃんっっ!!」
スカイの声が、どうしようもなく悲痛に聞こえる。
建物と巨大人形の腕の隙間から、デュナがふらりと這い出してきた。
「……うるさいわね。生きてるわよ」
減らず口を叩くデュナ。
左手で右腕を不自然に強く押さえているその姿は、あまり無事では無さそうだった。
足も痛めてしまったのか、軽く右足を引きずりながらこちらに駆け寄ろうとするデュナの後ろで、巨大人形が静かに顔を上げる。
私のロッドは、遥か遠くに落ちていた。
「デュナ! 後ろ!!」
フォルテが声を上げる。
スカイの位置からでは気付かないだろう。
私がやるしかない。
杖無しで。
「っ力を貸して、お願い!!」
私の超特急のオーダーに答えてくれたのは、やはりいつもの光の精霊だった。
もやもやと、不定形な光の塊が、デュナの横を通り過ぎ、巨大人形に覆いかぶさる。
そのまま光は壁を……天井までもごっそり砕いて人形を外へと押し出す。
ボロボロだった建物が、ついに最後の悲鳴をあげる。
砕けた部分へ全てを集めるかのように、二階が、三階が傾いてゆく。
「スカイ、二人を抱えて飛び降りなさい!!」
穴の真下にいたデュナが叫ぶ。
「ラズ達は早く外に!!」
振り返るデュナの顔色は青白かった。
もしかすると、右腕は折れているのかもしれない。
バラバラと降り注ぐ石の破片。
石や杖は遠く、拾っている余裕はなさそうだ。
吹き飛ばされた場所からは、最初の出入り口が一番近かった。
デュナが結界を張るのを視界の端にとらえる。
私はフォルテの手を引いて出口へと駆け出した。
「だ、ダメです!無理です!!」
相当狼狽している聞き覚えのない声はマーキュオリーさんの物なのだろう。
「大丈夫。俺が絶対二人に怪我させないから、しっかり捕まって」
状況にそぐわないくらい落ち着いたスカイの声が、やたらと優しく響く。
「失敗したってスカイの足が四〜五本折れるだけだから」
「そんなに足があるか!」
二人のやり取りを背に、出口を走り抜け、建物の外に出る。
これでデュナは私達のために結界を張らなくて済むはずだ。
私の精神はさっきの魔法で既に底を付いていた。
役に立たないどころか、状況を悪化させてばかりの自分に歯噛みしつつ、眩しい日差しに包まれて、私達は振り返った。
開け放たれたままの出入り口から、じっと目を凝らして中の様子を見る。
両腕にクーウィリーさん達を抱いて、デュナが作った風のクッションの中へ飛び降りるスカイ。
バランスは取れていたように見えた。
マーキュオリーさんが、悲鳴と共にスカイにしがみつくまでは。
作品名:circulation【1話】赤い宝石 作家名:弓屋 晶都