circulation【1話】赤い宝石
私のロッドに溜まっている力は、まだ先程の威力には満たないが、今はこれを放つしかない。全力で。
「力を貸して、お願いっ!」
光球は、人形の太い二の腕を貫くとその向こうの壁に小さな穴を開ける。
威力を高めるのに必死でサイズが小さすぎたのか、人形は穴の開いた腕を、そのまま金髪の彼女へと振り下ろした。
彼女に触れる少し手前で、その腕が弾き返される。
デュナの障壁だ。
その衝撃で、巨大な腕は穴の開いた部分から砕け落ちる。
派手な音を立てて落下する腕。
巻き起こる土煙に、つい息を止めてしまう。
犯人達を包み込むように、ぐるりと張られた障壁によって、
彼女達は飛び散る腕の破片や土煙、そして動き出した人形達の手から守られている。
しかしそれも、障壁に取り付いた数体の人形や、腕を折られ尻餅をついた巨大人形に、みるみる腕が再生されてゆく様を見ていると、何だか絶望的な光景に見える。
「ラズ、壁にもう一発。威力は、弱くてもいいわ。サイズ大きめに、穴の開いたところを、狙って」
こちらを振り向かないデュナの声は途切れ途切れだった。
障壁へ真直ぐ伸ばした指先が震えている。
現在も人形達によって、障壁には負荷がかかり続けていた。
「精霊さん達にオーダーお願いしますっ」
慌てて精霊に呼びかけなおす。
「私の心と引き換えに、この杖に光を集めてください」
杖に集まる光を、なるべく平らに、均等にのばしてゆく。
薄い皮グローブの中で、ロッドを持つ手が汗ばんでくる。
急がなきゃ。けど絶対失敗出来ない……。
焦る気持ちが集中の邪魔になる。
「ラズ、頑張って!」
傍から聞こえたフォルテの声。
途端に、狭まっていた視界が一気に広がる。
大丈夫。いつもの光球に、ちょっと応用するだけだ。
慎重にやれば、必ず成功する。
「お願い!!」
勢いよくロッドを振る。
尻餅をついていた巨大人形が緩慢な動作で起き上がる。
その鼻先を掠めた光が壁に激突する。
盛大な音をたてて、ひび割れていた壁が瓦解した。
外の明るい日差しが室内に差し込まれる。
「実行!」
デュナから放たれた水の精霊達が、
障壁に張り付いた人形達を無理矢理引き剥がす。
「走って!!」
デュナの声がまだ地鳴りの残る室内に響き、障壁が解かれた。
這う這うの体で逃げ出す犯人達。
金髪の彼女が、壁を越える直前で名残惜しそうに赤い石を振り返っていたが、背の高い男性に手早く抱えて連れ出される。
一、二、三、四、五……五人で全員だったはずだ。見たところ、逃げ遅れは無さそうだった。
ほっとした途端、膝を付きそうになる。
そんな私に気付いてか、デュナが振り返った。
「まだもうちょっと頑張るわよ、石を封印しないとね」
そう、私達の前方に転がっている赤い石のお陰で、床からはまだ延々と人形が湧き出している。
と言っても、新たに生まれてくる人形達は、出てきたままの姿でじっと立ち尽くしてくれているのだが、部屋には既に二十体以上の人形が出現していた。
動いている一部の人形達も、ターゲットの指定がされていないらしく、誰を狙うでもなくただゆらゆらと前進し続けている。
そのほとんどが、デュナの風魔法で壁へ向かうよう方向転換させられたので、現状としては、立ち尽くす十数体の人形に、壁にぶつかっても尚前進しようとしている人形が壁際に数体、それと、こちらへ向かってきている巨大人形というところだ。
風の精霊を呼び出しかけていたデュナが、それを中断して言った。
「ダメだわ。ひとまず避けましょう」
フォルテの手を引いて、デュナと一緒に巨大人形の直進ルートから離脱しつつ声をかける。
「精神足りない? 回復剤まだ一本残ってるよ」
「ごめん、もらっていいかしら」
やはり、先程の障壁と魔法連射が堪えているようだった。
彼女の額には汗で髪が張り付いている。
「こんな場所じゃなければ、爆発物が使えるのに……」
悔しげに呟くデュナに、私は瓶を取り出し、蓋を開けて手渡す。
振り返ると、私達の居た辺りを通り抜けて、巨大人形がその向こうの壁に激突しようかというところだった。
作品名:circulation【1話】赤い宝石 作家名:弓屋 晶都