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circulation【1話】赤い宝石

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 背中に四人分の荷物を背負って、左右に女性を抱えて、それだけでも十分バランスを取り辛い中で、片側の女性に暴れ出されては、さすがのスカイも耐え切れなかったのだろう。

 風に落下の威力は殺されていたが、着地の音はボキンと聞こえた気がする。

 分かったのはそこまでだ。

 崩れる石の壁や瓦礫の中で、皆の姿は完全に見えなくなった。

 大気の精霊が二人ほどデュナ達のいたところへ飛び込んで行く。
 風の精霊達は解放されたようだったが、デュナがいつも結界に使う大気の精達は出てきていないところを見ると、おそらく障壁を強化したのだろう。

 あの大穴の真下なら、デュナの精神力さえ持てば、押しつぶされずにいられるかも知れない。
 ……デュナの精神力さえ、持つなら。

 私はフォルテの小さな肩を引いて、崩壊してゆく建物からもう少し距離を取った。
 建物の外で、瓦礫に当たって怪我でもした日には皆に合わせる顔がない。

 ふと、広がった視界の隅に巨大人形の姿が入る。

 そういえば、外に押し出しただけで、まだ倒してなかったんだっけ……。

 姿を保っていると言う事は、いつ動き出すか分からない。
 そうデュナが言っていたのを思い出す。
 全てが潰れて、土煙のおさまってきた建物の向こう側には、愕然としている犯人達の姿もあった。

 相当離れているここからも、そのショックの大きさが伝わってくるほどの動揺に、この建物はもしかするとまだローンだとかそういうものが残っているのかもしれないなぁと、考えてしまう。
 装飾こそなかったものの、壁も、中もまだ新しい印象があった。
 もしかしたら借りていた建物なのかも知れない。

 静まり返った建物の跡地に、一箇所、盛り上がっていた部分がバラバラと瓦礫を弾き飛ばす。
 大気の精霊達が霧散する。
 デュナが解放したか、もしくはデュナが意識を失ったかのどちらかだ。

 スカイも動けそうには思えなかったし、私が行って治癒術をかけないと……。

 人形達が瓦礫の下でまだ姿を保っているかもしれないと思うと、フォルテを外に置いて行くのも危険だった。
「フォルテ、デュナ達のとこに行くよ」
 ロッドもないので、右手を差し出してみる。
 私の手をとり、フォルテがこっくりと頷いた。

 精神力はもう尽きていたけれど、スカイが背負って降りたリュックの中には回復剤が入っているはずだった。
 瓶が割れたりしていないことを願いつつ、瓦礫の上を慎重に歩く。
「足元気をつけてね。 崩れやすいからね」
 フォルテに声をかけて進む。

 確かこのあたりにロッドが落ちていたのだが、足元は完全に埋まっていて探し出せそうになかった。
 赤い石はどこに埋まっているのだろう。
 それを掘り出して封印しないことには、この人形達はおさまらないのだが……。

 ガラッと音を立てて、フォルテが瓦礫に足をとられる。
 慌てて腕を引き上げたので、転ぶには至らなかったが、フォルテはその大きな瞳を見開いて、引きつった表情を浮かべていた。
「ご、ごめんね……」
「ううん、こけなくてよかった」
「あ」
 引き上げられた腕をそっと下ろされて、崩れた足元を確認したフォルテが短く声を上げる。
 その視線を追って覗き込むと、そこには赤く光る石が落ちていた。
「これ、まだ触っちゃダメなんだよね?」
 フォルテの問いに大きく頷いて答える。
 しかし、デュナ達のところまでもう少し距離があるし、一度目を離してしまうと見失いそうだった。
「何か目印になる物があればいいんだけど……」
 私の発言に、フォルテがパッと顔を上げる。
「私のポーチ、ここに置いて行こうか?」
 それはいいアイデアだね、と合意してフォルテの小さな薄紫のポーチを置いて行く。
 昨夜このポーチが取られなかったのは、おそらくそのサイズゆえに、中を開けたらお菓子しか入っていないことがすぐ分かったからだろう。

 デュナ達の方へ顔を向けると、スカイが元気そうに手を振っていた。
 それでも、足は折れているのだろうが……。
 デュナもガックリと肩を落としてはいるが、無事なようだ。

 人形達が動き出さないことを祈りつつ、彼女達の元へ急いだ。

「スカイ、荷物漁るよ」
 スカイが背負ったままのリュックに、腕を突っ込んでごそごそと回復剤を引っ張り出す。
 フォルテは、スカイのありえない方向に曲がってしまった左足を見つめたまま固まっていた。
「ごっ……ごめんなさい!! その……」
 マーキュオリーさんがスカイに力一杯頭を下げる。
「いや、もういいって、ホントに」
 スカイが苦笑しているところを見ると、ここまでにも散々謝られたに違いない。
 マーキュオリーさんは、全体的にコンパクトで快活なクーウィリーさんとは対照的に、ふんわりとした華やかさと落ち着きのある人物に見えた。
 濃紺に金糸で刺繍のされたローブ……封印術師の衣装が、色白の肌を包んでいる。
 今は、その横顔を申し訳なさで赤く染めていたが。
「フォルテ」
 スカイが優しく声をかける。
 おずおずと、スカイの顔へ視線を動かすフォルテ。
 私は、その横で精神回復剤を一気飲みした。

 うーん……。やっぱり苦手だなぁ、この味……。

「そんなに見つめなくていいよ、ラズがすぐ治してくれるから」
 スカイの額に浮かぶ大粒の脂汗が、クジラのバンダナに吸い取られてなお、青い髪を濡らしていた。
 それでも、彼は笑顔だった。

 デュナが、ゆっくりと顔を上げて指示する。
 虚ろな瞳が、今にも閉じてしまいそうに瞬いた。

「スカイの足、私の足、私の腕の順番でお願い」
 既に祝詞を唱え始めていたので、こくりと頷いて答えた。
 デュナの顔色が土気色なのは、精神的な要因も大きいのだろう。

 魔術は……特に、彼女のような使い方は、とにかく集中力を要する。
 昨夜からずっと魔法を使い続けているデュナは、間違いの許されない数式を延々と解き続けているようなものだ。
 しかも、ここへ来てそれはさらに速度を要求されている。
 デュナが疲弊するのも当然だった。

「……その聖なる御手を翳し、傷つきし者に救いと安らぎを」
 祝詞を言い切って、一息つく。
 私の手から溢れる白銀の光が、スカイの曲がった足を包み込んでいる。
 普段使っている光球の光は黄色っぽいのだが、癒しの光はいつも真っ白だった。
 聖なる光だと言えばそれらしくも見えるが、私個人の意見としては
 精霊が運んできてくれる黄色い光のほうがずっと温かく心安らぐ色だった。

 天高くから見えない神の手が降ってきて、私の精神力が治療の対価としてほんの少し切り取られる。
 この感覚も、治癒術が好きになれない要因だった。

「……くっ」
 スカイが微かにうめき声を上げる。
 足はまだ繋がっていないだろう。
 聖職者達と違って、信仰心の薄い私では一度に回復できる量もたかが知れている。
 あと二度は同じ祝詞を唱えることになるだろう。
 そう思いつつ、二度目の祈りの言葉を呟き始める。

 スカイが薬指で軽く眉間をさすりながらフォルテに声をかけた。
「あのさ、途中でポーチ置いてきてたけど、あれは何かの目印?」
「うん、あそこにね、赤い石が落ちてるの」