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circulation【1話】赤い宝石

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 ホッとしたのもつかの間、またすぐ足元が盛り上がりをみせる。
 デュナのほうを見れば、ざっと十五体ほどは倒したのだろうか、床には崩れ落ちた土くれが広がっている。
 しかし、いまだ赤い光を放つ魔方陣からは、次々と新しい人形が生まれていた。

「いつまで持つかしら?」
 金髪召喚術師の声がする。
 よく見れば、その後ろには四人の男性が立っている。
 中には、料理を運んでいた使用人さんの顔もあった。

 暗闇に目が慣れてきたのか、それともこの赤い光が部屋を満たしているおかげか。
 隅まで見渡せるようになった室内にも、やはりスカイの姿はない。

 敵の数は五人で全てなのだろうか……?

 ビュッと目の前を水の精霊が過ぎる。
 魔法陣の端のほうで生まれつつあった人形、
 膝下まで現れたその姿を水の精霊が流し潰した。

「ラズ! 自分達からの距離より、人形がどれだけ地面から出てきてるかで倒して!」
 デュナがこちらを肩越しに振り返り忠告する。
「分かった!」
 この傀儡達は、その姿を完全に外に出してしまってからしか動き出せない。
 高度な召喚術ではまた違うのだが、このレベルの傀儡には自我というものがないため、完全に召喚され終わり、命令をされるまで、動き出すことはなかった。

 次々に地面から沸いてくる人形をせっせと土くれに戻す。
 だんだん、単調な作業に思えてきた。
 デュナの足元に空になった小瓶が落ちる。
 精神力の回復剤を飲んだようだ。

「ラズも、すぐ飲めるわね?」
「うん、まだ大丈夫」
 ここに来る前、デュナから渡されていた二本の回復剤が、マントの内ポケットにあるのを確認する。

「キリが無いわね……」
 背後からデュナの呟きが聞こえる。
「この石は私では抑えられないし」
「魔法陣の外に出たら、止まらないのかな?」
 私は疑問を口にしてみる。
「まず無理ね。移動してる間に、動き出した傀儡達に囲まれて終わりだわ」

「よく分かってるじゃない」
 金髪の彼女が、ふんぞり返って答える。
 なんでそんなに偉そうなのか、そもそも彼女達の目的はなんだというのだろう。

「あなた達の目的は何? この石で何をしようとしているの!?」
 デュナがキッと彼女を睨む。
「ふっ、よくぞ聞いてくれたわ」
 金髪の彼女がわざとらしく前髪をかき上げた。

「私達の目的は、召喚術の偉大さを世に知らしめる事よっ!!」
 胸を張る彼女の後ろで、男達もうんうんと頷いている。

「……どうやって?」
 デュナの素朴な疑問に、ピタリと男達の頷きが止まった。
「そっ……そんなことあなた達には関係ないでしょう!!」
 もしかして、具体的には何も考えていなかったのではないかと思えるような返事に、さらなる疲労感を感じつつも、次々と床から生えてくる人形達をちまちま崩していく。

「ちょっと前まで、人気術師ランキングでは常に召喚術師がトップだったというのに、ついに一昨年からは封印術師の方が上に来て……。召喚より封印する人の方が多いなんて、どういうこと!?」
 金髪の彼女が、その輝く髪を振り乱して叫ぶ。
 もしかしたら、この集団は、封印術師に個人的な恨みでもあるのかも知れない。
 封印術師と言えば……。
「マーキュオリーさんはどうしたんですか!?」
 ふん。と顎を上げ、少しだけ落ち着きを取り戻した彼女が答える。
「彼女も、あなた達の仲間の男も、この上にいるわよ」
 やはり捕まっていたのか……。
 とりあえず、スカイと同じく生かされてはいるみたいだけど、この状態をなんとかしなくては助けに行きようがない。
 少なくなってきた精神力を補う為、ポケットから小瓶を取り出す。
 フォルテにはマントの後ろ側で、そちら側の人形の出現を見張ってもらっていた。
 瓶に入った青紫の液体を一気に流し込む。
 鼻の奥にツンとくるほどの清涼感と、舌が痺れそうな苦味。この味はどうにも好きになれない。
 デュナは結構好みらしいのだが。
 フォルテの声に、杖に溜めていた光球を飛ばす。
 人形は、やはりあっけなく崩れた。
「……クーウィリーさんも一緒ね?」
 デュナが問う。その声がいつもより低い気がする。
「あら、分かってたの? そうよ、あの子ったら封印術師を見返してやるんだとか言ってたくせに、私達が苦労してせっかく手に入れた増幅石を持ち出して逃げるんだもの。一体何を考えてるのかしら」
 苛立たしげな声。

 つまり、クーウィリーさんは、少し前まで彼女達と共に打倒封印術師を目指して(?)いたにもかかわらず、それを裏切ったという事か。

「やっと捕まえたと思ったら、石は持っていなかったし……。まあ、あの子が頼る相手なんて知れてるから、先回りは簡単だったけれどね」

 私達に石を託した後、捕まったクーウィリーさんを利用して、マーキュオリーさんを脅したと言う事なんだろう。
 コックさんの話してくれた、幼い二人の可愛らしいエピソードを思い出す。
 二人は、とても仲の良い姉妹だったそうだ。

「あんた達よりクーウィリーさんの方が、よっぽど物を見る目があったって事よ」
 冷たく言い放つデュナの魔法で、水流が三体の人形を刺し貫く。
 やはり、デュナの声が低い……気が……する。
 何を怒っているのかも、何となく分かってきたが。
 すっとデュナが背中からこちらに寄ると、小声で囁いた。
「スカイ達の居場所も分かったことだし、合図したら階段まで走るわよ」
「うん」
 同じく小声で答える。フォルテもこっくりと頷いている。

 今までデュナを取り巻いていた二〜三人の水の精霊が、急にその数を増やす。
 走り出す前に、出現しようとしている人形達を一掃するつもりなのだろう。

 床には人形達の残骸で土のような泥のようなものが何層にも積み重なっていた。

 ふと、先ほどまで足元をうろついていた召喚術師の精霊達がいないことに気付く。
「赤い雫の力をもって、我が下僕の肉片よ今ひとつになれ!!」

 叫んだのはデュナではなく、金髪の彼女だった。

 彼女の周囲に集まっていた精霊達が、一気に部屋へ散開する。
 床の上を音もなく舞う精霊達によって、辺り一面を覆いつくしていた土くれが一箇所に集まってゆく。

「――っ精神を代償に、以上の構成を実行!」
 デュナが、組みかけていた構成で、みるみる人の形を成してゆく巨大な土の塊に大穴を開ける。
 しかし、その穴は精霊達がすぐさま塞いだ。

「やっぱりダメね、走るわよっ!」
 デュナの言葉に走り出した私達の前に、二体の人形が立ちはだかる。
 大きな人形に気をとられて、見逃してしまったのがいたのか。

「お願いっ!」
 反射的に、杖に溜めていた光球を飛ばす。
 が、光球に肩を砕かれた人形はそのままこちらに向かってきた。
「ラズ! 下がって!」
 くるりと踵を返し、フォルテを抱えるようにして走る。
 そのすぐ後ろで、轟音と共に小さな雷が落ちた。

 音と地揺れに涙目になってしまったフォルテの頭を撫でながら、辺りを見回す。

 部屋の中央に戻されてしまった私とフォルテ。
 それを助けに戻ってきたデュナも、やはり階段までまだ距離がある位置だ。