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circulation【1話】赤い宝石

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 床の魔方陣からはまだちょろちょろと人形が湧き出していて、デュナがそれを潰している。
 足元に落ちた瓶は、二本目だろう。

 動き出した人形は、その全身を砕かなくては倒せないようだけれど、果たして自分の最大出力の光球でも、それが可能だろうか。
 せめて、球体以外の形でイメージできれば良いのだろうけれど……ぶっつけ本番で試すほどの度胸はない。

 そんな私達を、部屋の天井に頭が届きそうなほどになった土くれの集合体が
 目も鼻も口も無いごつごつした顔で見下ろしている。
 金髪の彼女を筆頭とする犯人グループは、その巨大人形の向こう側だ。

 足元では、デュナが新たに砕いた人形達の破片が、次々に巨大人形の材料にされている。

「二人とも、私の傍に!」
 デュナが駆け寄ってくる。その周りを水ではなく大気の精霊が飛び交っている。
 結界かな?
 なるべくデュナにピッタリ身を寄せるようにして、左手でフォルテを抱え込む。

「実行!」
 案の定、私たち三人をぐるりと包んだ空気の膜が生成される。

 ホールには、もう五体……いや、六体に増えた人形達がふらふらとこちらに向かってきている。
 まだ床からは無数の頭が覗いているし、巨大な人形もその指先まで成形が進んでいた。

 デュナは結界を保ったまま上階へ移動するつもりらしい。
 そろそろと進む彼女から、なるべく離れないように歩く。
 デュナの額には汗がにじんでいた。
 おそらく、今は言葉を発することも難しいのだろう。
 私の横から結界に触れてきた人形が、電撃に弾き飛ばされる。
 衝撃にビクッと身をすくめたフォルテが足を止めそうになる。

「大丈夫だよ」
 その背中を軽くさすって、私達はデュナの後に続く。
 一瞬私を見上げて、ただコクリと頷いたフォルテの、大きな瞳にいっぱい溜まった涙が、私の恐怖心を吹き飛ばす。
 この子だけは、絶対に守りぬかないといけない。
 怖い目に遭わせてしまった罪悪感を、強い決意で塗りつぶして、右手のロッドに精一杯の力を集めた。

 階段が目前に迫ってくる。
 結界の周りを、八体の人形が囲んでいる。
 吹き飛ばされた三体も、また起き上がりこちらへ向かっていた。
 階段を駆け上がったとして、人形達は追ってくるのかもしれないが、
 少なくとも大きな方の人形に、それは難しいだろう。

 スカイはまだ眠っているだろうか。

 途端、見つめていた階段が姿を消す。
 大きな音と地響き。

 目の前には大きな土で出来た手が、壁のようにそびえ立っていた。


 この壁のような腕を、思いきり振られたら。
 私達は三人とも吹き飛ばされ、部屋の壁に叩き付けられて終わるだろう。

 背筋を冷たい汗が伝う。
 物言わぬ人形達がうごめくホールは、驚くほどに静かだった。


 以前にも、こんな風に死に直面したことがある。

 あの時は、母が小さな私の体を強く抱いていて、精霊達が母の命を見る間に奪っていて……。
『やめて! お母さんの命を食べないで!! 私の心をあげるから!!』
 幼い私の叫び声。あちこちを赤く染めたまま、必死で駆け寄る父。
 父の涙を見たのはあの日が初めてだった。


「分かったわ。 赤い石はあなた達に渡す。この腕をどけてちょうだい」
 デュナの吐き捨てるような台詞に、私の意識はちょっとした走馬灯から引き戻される。
 いけないいけない。
 今は目の前の事に集中しないと。

 左手で握り締める小さな手。
 これが、今、私が守らないといけないものだ。


「やっと力の差が理解できたようね」
 姿こそ見えないが、余裕に満ちた声がそれに答える。
「……理解できてないのはあんた達よ」
 小さな呟きが、デュナから漏れた。
 きっと彼女達には聞こえていないだろう。
 その言葉の意味は、私にも理解できなかったが。

 金髪の彼女が人形に指示を出すと、
 目前にあった巨大な手の平は地響きと共に引っ込められた。

 デュナが、まだ光を発している赤い石を白衣の内側から取り出すと、犯人グループに向けて放り投げた。
 慌てて石に飛びつく犯人達。

「ちょっと! 何て乱暴なことしてくれるのよ!! 石が割れたらどうするつもり!?」

 石を拾ってこけた彼女が、ロングスカートの膝についた土をバタバタと叩き落としながら怒鳴った。
「そのくらいで割れるような石なら、とっくにクーウィリーさんが叩き割ってるわよ」
 デュナがしれっと答える。
 両手で石を握ったまま、首をかしげる彼女の目の前に、突如、巨大な腕が振り下ろされた。

 彼女達に直撃するような位置ではなかったが、
 もしかしたら何人か吹き飛ばされたかもしれない。

「……やっぱりね」

 呟くデュナに、腕が振り下ろされた辺り、土煙の中から浅緑色の風の精霊が嬉しそうに飛びついてくる。
 その3人の精霊がデュナの精神をいただいて消えていったということは……。
「すぐにそのデカイのを解体しなさい!! 狙われてるのはあんた達よ!!」
 鋭く叫ぶデュナ。
 土煙の向こうから見えてきた金髪の彼女は、ぽかんと口を開けていた。
 と、巨大人形が、もう片方の腕を振り下ろす。
 金髪の、彼女の頭上目掛けて。

「実行!」
 デュナの声に従い、風の精霊達が揃ってその腕を奥へと押しやる。
 腕は、彼女達のその向こう、壁にめり込む形で落ちた。

 つまり、先ほども、デュナは彼女達を助けていたと言う事か。
「ほら早く!!」
 デュナの刺すような声に、ハッと我に返った彼女がみるみる青ざめてゆく。
「なん……で……。暴走……?」
 床にめり込んでいた2本の腕が、音を立てて持ち上がる。

「チッ」
 デュナの舌打ちと共に、私達の周りの障壁が解除される。
 そこでやっと、今まで張り続けられていた事実に驚く。

「以上の構成を実行!」

 犯人達の前後に置かれていた腕が、彼女達を挟もうと動き出す。
 その両腕をデュナの放つ水流が砕いた。

 体から切り離される形になった両腕が、水と共に床に落下する。
「ひ……」
 誰のか分からない、小さな悲鳴が聞こえた。
 彼女達は目の前の事実に完全に震え上がっていた。

 ……今の今まであなた達のせいで、私達もそんな目に遭ってたんですが……。
「早く解体しなさい!」
 デュナが怒気を含んだ声を上げる。その額を、顎を、流れ出る汗が伝っていた。

「ごめん、開けて」
 ぽい、とデュナから渡されたのは三本目の精神回復剤だった。
 本人は次の攻撃に備えて、また風の精霊を呼び出している。
 デュナが三本、私が二本の回復剤を持ってきたわけで、デュナはこれが最後の一本になる。
「はい」
 手早く蓋を開け、こぼれないようにそっと渡す。
 デュナはそれを一気に飲みほすと、空き瓶を床に落とした。

「じ、従順なる我が下僕達よ、今その身を土片へと帰せ」
 震える声で、金髪の彼女が契約の終了を告げる。
 しかし、人形達の反応はない。
 傍にいた青年に囁かれ、もう一度言い直す。
「従順なる我が下僕達よ、赤い雫の力をもって、今その身を土片へと帰せ!」
 やはり変化はない。