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circulation【1話】赤い宝石

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5.赤い罠



 その建物は、円柱状で縦に長い、ちょっとした塔のようだった。
 階数が三〜四階程度でなければ、塔だと言い切れただろう。
 白く塗られただけで、何の装飾もない外観。
 窓がまばらについている為、何階建てになっているのかいまいちハッキリしない。

「周りに罠は無さそうね、入ってみましょうか」
 簡単なトラップが検出できる魔法で、そこいらを調べていたデュナが、くるりと振り返る。
 こういう小技が色々できるのは、やはり分子レベルで精霊達と取引ができる人の特権だろう。
 デュナ自身は、原子レベルで取引が出来るようになりたいらしく、まだまだだと言っているが、あいまいなイメージでの取引しか出来ない私では、応用といったところでたかが知れている。

「こういう時にスカイがいれば、試しに突入させられるのに。まったく、肝心なところで役に立たないんだから」
 デュナが呟いているが、そのスカイを助けに来ている以上、スカイがいないのは当然だった。
「フォルテ、本当にいいの? 怖い目に遭うかも知れないよ?」
 ついて行くと言って聞かないフォルテに、もう一度問う。
「うん……。外で、一人で待ってるほうが怖い……」
 うーん。こんなことなら、あのコックさんのところにでも預けておく方が良かっただろうか。
 いや、人見知りなこの子の事だ、それも嫌がったに違いない……。

 朝食後、あの屋敷を出て、回復アイテムを購入して、犯人が指定してきたこの建物に着いたのが十一時前といったところか。
 もちろん、デュナの精神力は十分に回復してあった。
 回復アイテム代は、後ほどスカイに請求されるのだろう。
 ショップでデュナが領収書を書いて貰っていたのをチラと見たが、宛名がスカイだった。
『捕まったスカイが悪い』とデュナに詰め寄られれば、スカイに勝ち目はない気がする。
 実際は私達の代わりに囚われてくれたようなものだったが……。

「私にしっかりついて来てね」
 ぎゅっと私のマントを握り締め、フォルテが真剣な表情で頷いた。
「ええと、マントじゃなくて、手を繋ごうね」
 このままではいざというときに首が絞まりそうな気がして、私は左手を差し伸べる。
 フォルテが小さな手を重ねてきた。
 柔らかい皮のグローブ越しにその手をそっと握りかえす。
 ぎゅっと力強く握り返してきたフォルテの手を引いて、デュナの後、私達はその建物に足を踏み入れた。

 暗い室内。
 まだ朝だというのに、その窓のないホールは薄暗く、がらんとしている。
 開いたままの扉から差し込む光だけが、私達の後ろを照らしていた。

「何階に来いとかは書いてなかったわよね?」
 デュナが確認する。
 手紙を持っていたのは私だが、確認するまでもなくそういう記述は無かった。
「うん。無かったよ」
 こちらを振り返らず、部屋の隅々を見渡そうとしているデュナに返事をする。
「それじゃ、あの階段から上に上がるしかないかしら……」
 デュナが指した階段は、部屋の左奥、壁に張り付くように螺旋状に上へと伸びていた。
 ホールには他に扉もなく、部屋もありそうに無い。
 無駄に広いホールが、建物の規模に合わない気がしてちょっと違和感を感じる。

 階段に向かうべく、部屋の中へ踏み出すデュナの足元を、すっと精霊が横切った。
 その先にも同じ精霊が床スレスレの位置を飛んでいる。

「デュナ! 待って!!」
 精霊達は、何かを待ち望んでいるように見えた。
 待機させられている。
 ということはつまり何かが仕掛けられているということで……。

 私の声にデュナが振り返る、その瞬間、凛とした声がホールに響き渡った。

「赤い雫の力をもって、出でよ我が下僕達よ!!」

 つい最近どこかで聞いたような声に、視線で声の主を探すと、部屋の奥にオレンジがかった金髪を後ろでひとつにまとめた女性がいた。
 口元にじわりと得意げな笑みをにじませて、腕を組んでふんぞり返っている。

 あれは確か、屋敷で最初に私達の相手をしたメイド服の使用人さん……。

 と、足元に赤い光の筋が幾重にも走る。
 円柱状の建物の床を、同じく円を描くように走る軌跡が、デュナの居る辺りを中心に建物いっぱいに広がる。

 魔方陣だ。

 それも随分大きな……。

「ラズッ!」
 デュナが呼ぶ。その周囲には大気の精霊が集まっている。
 私達の居る場所からでは、魔方陣が描きあがるまでにその外に出るのは困難だ。
 せめて、デュナが発動させるはずの障壁の範囲内へ、フォルテの手を引いて全力で走る。

「精神を代償に、以上の構成を実行!」
 精霊達が一斉に見えない空気の壁を作り上げていく。
 それは、何かが出てくるであろう魔方陣に対して、私達の足元を包み込むように、お椀のような形で広がる。
 障壁完成から一拍遅れて魔法陣が完成した。
 床を走り続けていた軌跡がすべて繋がり、一層輝きを増す。
 その赤い光の中から、土くれのようなものがぼこぼこといくつも盛り上がる。
 いびつな形の頭部の下から、首、肩……と徐々にそれは人の形を現していく。

「傀儡の召喚……ね」
 デュナが苦々しく呟く。
 その胸元が赤い光を放っている。
「デュナ……その光まさか」
「ええ、やられたわ」
 デュナの周りに水の精霊が顔を出している。攻撃のための魔法を用意しているようだ。
「この石を誰が持っているかなんて、相手には関係なかった。この魔法陣の中に石があれば、それでよかったのよ」
 ギリッと、デュナが奥歯を噛み締める音が聞こえてしまう。

「ふふっ、まさしくその通り!!」
 壁際で偉そうにしていた召喚術師がその声を張り上げる。
 いかにも、勝ち誇ったかのような表情がなんとも癪に障った。
 一番近くの地面から顔を出していた土くれ人形が、ついにその上半身を露わにする。

「実行!」
 デュナがその姿を指すと、水の精霊がキッとした表情で土人形に突撃した。
 ボロボロとなすすべなく崩れる人形。

 デュナの肩口に止まっていた三人の水の精霊達が
 それぞれ青い髪をなびかせて人形達に突撃してゆく。

 一体、二体、三体……。
 次々に土に戻る人形達。
「ほら、ラズ、どんどん潰すわよ」
「あ、うんっ」
 デュナを見る限り、勢いの強い水で流し潰すのが一番効果的のようだが、私は水のイメージがあまり得意でない。

「精霊さん達にオーダーお願いしますっ」
 とりあえず、いつも使っている光球での攻撃を試みる。
「私の心と引き換えに、この杖に力を集めてください」
 精霊への呼びかけは口に出す必要はないが、口にする方が私はイメージを明確にしやすい。
 力の強さ、光球のサイズを伝えて、杖に光を宿す。
 私の左手にしがみついているフォルテの側に、土人形が胸の辺りまで姿を現している。

 それに向けて杖を振り、光球の発射を依頼した。

 光の精霊は、こちらにニコっと微笑んで、土人形へ思いきり光球を蹴り飛ばすと、私の精神をほんのちょっとかじって消えていく。
 光球が土人形に叩き付けられ、霧散する。
 と同時に崩れる人形。
 効果は十分のようだ。

 この光球なら、ほぼ百パーセントの成功率で発動できる。