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深海ネット 前編

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 「ヘブンズ・カフェ」を出ると、既に日が落ちていた。打ち合わせは、予想以上の時間がかかってしまった。駅までまた四人で歩いて帰ったが、そこでも何も会話は無い。駅に着いて、レイカは今日決めたことをまたメールで送るとだけ告げ、改札を通っていった。その後ろ姿は、コートを着ていても折れそうなくらい華奢だ。俺はレイカが見えなくなるまで、目を離せずにいた。そして俺の隣りにいたジョージも、同じようにレイカを見続けていたことに気づく。俺の視線を感じたのか、ジョージは慌ててそっぽを向き、その場から離れていった。駅に着くことろまでは一緒にいたココロは、いつの間にか消えていた。
 家に帰ると、一気にどっと疲れが押し寄せる。パソコンの電源を入れて、ベッドの上に体を投げた。今日、わざわざあの会合に行くことも無かったかもしれない。俺はほとんど発言しなかったし、決まったことはレイカから改めてメールで来るのだから。そして何よりも、日中から外に出かけるなんて慣れないことして、体が悲鳴を上げている。しかし、染み付いた習性のせいか、気がつけば重い体を起こしてパソコンの前に座っていた。そして、いつものようにチャットルームに顔を出してみる。

「恋人が、ワガママなんです」
 今日の話題は、わかばの恋愛相談みたいだ。
「ワガママってどんな風に?」
「自分の意見を押し付けるんです」
「それは問題だねぇ。アタシなら我慢できないよぉ。わかばちゃん可哀相だなぁ」
「わかばちゃんみたいな子に、そんなワガママ野郎は勿体無いよ!」
「自分の意見の押し付けか……」
 そう発言して、舞子のことを思い出す。あれは、意見の押し付けとは違う。どうしようもない俺に対する、単なる軽蔑だ。
「おっ。社長、何か言いたそうだね」
「わかばの彼氏は、同級生なのか?」
「はい。大学の同級生なんです」
 俺と舞子に重ねてしまう。
「それなら、ワガママになっても当然かもしれないな」
「えっ、そうなんですか」
「立場が対等だから、仕方ないよ。それに、意見を言ってくれるってのは、信頼関係ができてるってことじゃないか」
 発言して、自分で嘲笑してしまった。でも、このチャットでは、俺はいいこと言う大人のポジションを保っている。求められた役割を、演じるだけ。口で言うのは簡単だ。いくらでも言える。でも、舞子にはいろんな意見を言われたが、そこには信頼関係など無かった。俺がここで吐いている言葉も、俺の現実世界では無意味だ。
「なるほど!さすが社長だね。言うことが大人だよ」
「信頼関係ですか」
「そう」
「わかばちゃんはさぁ、その彼氏さんに言いたいこと言えるのぉ?」
「いえ、なかなか」
「言いたいこと言えないってことは、わかばが相手に完全な信頼を置いてないってことなのかもしれないぞ」
 俺がそうだった。自分が今こんな状況に置かれていて、俺自身の気持ちを吐き出せる相手などいなかった。それは、俺が誰にも心を開いていないから。誰にも期待をしていないから。
「社長さんの言うこと、一理あるかもしれません」
「だろ?」
「やっぱ、わかばちゃんも彼氏さんのこと信頼してもっと思ってることぶつけちゃえばいいんだよぉ」
「そうですね、ちょっとそうしてみます」
「ガンバ!もしまた何かあったらアタシ達が聞くからねぇ」
「ありがとうございます」
「いやー、やっぱこういう相談ネタは社長がいつも解決してくれるなあ」
 いち太郎は、俺が何か言うたびにいつも感心してくれる。でも、それもこのチャットだけでつながっている関係だからなのだと思う。俺は、俺自身の問題を解決することすら放棄して、ネット心中に走ろうとしている。そんなこと、ここにいる三人には想像もつかないだろうし、もうすぐ俺がこのチャットルームから消える日が来るなんて、思いもしないはずだった。
 寂しいわけではないし、名残惜しいというのもちょっと違う。でも、チャットルームを退室して、ふと思った。こいつらとこうして話していられるのも、あとどれくらいのことだろう、と。


作品名:深海ネット 前編 作家名:さり