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深海ネット 前編

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4.衝撃



《河野明様へ
 レイカです。
 昨日の夜、ココロさんからこの計画から抜けたいというメールが来ました。実際に打ち合わせをして、話が具体的になってきたことが怖かったとのことでした。そこで初めて死がリアルに感じられたのでしょう。それが結果的に、もう一度生きることを考え直すきっかけになるとは皮肉なものです。
 河野さんは、どのように考えていますか?メンバーのうち一人でも気に迷いがあれば、計画は未遂になり、ジョージさんが話してくれたような結末になります。私はどうしてもそれは避けたいのです。》

 レイカからこんなメールが来ていた。なんとなく、予感はしていた。昨日のココロの態度は、どう考えてもあの状況に怖気づいていたはずだった。レイカの言う通り、自分が着実に「死」に向かっていることに怯えたのだろう。
 俺はレイカにどんな答えをするべきだろうか、確かに、俺は死んだほうが楽だと思ってレイカの呼びかけに参加した。だが、レイカのように死に対して執着があるわけでもないし、練炭自殺の知識も無い。そして今、ココロが抜けたことで、メンバーとして残留する意思を示せば、その発言の責任は重くなる。責任のあるメンバーという目で見られれば、それなりに役目も増えるはずだ。現にココロが抜けたことで、彼女の役目であった自殺予定場所の下見は、残り三人の誰かがやらなければならないことになる。間違いなく、それは当日まで何もやることがない俺がやる羽目になるのだろう。
 そこで、俺はレイカに提案をしてみることにした。

《レイカさんへ
 俺は引き続き計画に参加したいと思います。
 でも、ココロさんが抜けた今、三人だけで実行するにはいろいろと大変かと思います。そこで、再び「心中掲示板」でメンバーを募集してみてはどうですか?少し時期は延びてしまうかもしれないけれど、その方が確実な気もしますが。》

 そうなのだ。人が増えたらいいだけの話なのだ。そうすれば、責任が個人に集中することもないし、俺は参加したままでいられる。我ながら、いい考えだと思った。
 しかし、そう簡単に物事は思い通りにはいかないものだ。俺がメールを送ってたった二時間で、レイカから返信が来た。

《河野明様へ
 レイカです。
 参加の意志が固いことには安心しました。しかし、再度メンバーを募集する必要はないと思います。これまで実際に行われたネット心中のニュースを見ても、二・三人で実行している例は少なくないです。三人でも確実に遂行できると私は思っています。
 そして何よりも。
 これ以上、時期が延びるのは耐えられないのです。》

 レイカは一刻も早く死にたいのだろう。だから俺の意見は却下された。俺も時期は早ければ早いほうがいいはずだった。生きていてもこの先やりたいことも生まれないとしか思えなくて、そんな人生なら無くても同じだと思っていた。しかし、きっとそれでもレイカの急ぎ方は、俺とは別物であるような気がする。何かに追いたてられていて、今すぐにでも消え去ってしまいたい。そんな気持ちでいるのだろうか。きっと、俺にはそこまでの焦燥感は無い。
 俺は日曜日に会ったレイカの姿を思い出す。表情がほとんど無い作り物のような真っ白な顔に、細い体。抑揚の無い機械的な話し方。そして、リストバンド。一体何が、あのレイカを追い詰めているのだろう。 

《レイカさんへ
 時期が延びるのは、確かにいやですね。でも、急いで確実さを失うのも良くないかと思いますよ。俺ももちろん時期は早い方がいいです。でも、レイカさんほど追い立てられているわけではないのかもしれません。
 俺は無職で、何もすることがない。何も無い人間です。だから、今消えても明日消えても構わない存在です。ただ、何も無い時間を何もせずに過ごしていくことに嫌気がさした。だからレイカさんの呼びかけに応じました。
 レイカさんには、もう絶対時期を延ばせない何かがあるのでしょうか。》

 自分でも、何を書いているのだろうと思う。なんだか、行き過ぎたメールになってしまった気がする。こんな俺の身の上話なんか、レイカにしたところでどうにもならないのに。でもメールを書いていくうちに、不思議とすらすらと俺の気持ちが文章に乗っかってきた。
 そして、最後の一文。これは、少し干渉しすぎかとも思う。でも、俺の中にはレイカについての探究心が生まれ始めていた。人造的なレイカの心に潜んでいるもの。それは一体何なのか。その謎が、俺の中でどんどん膨らんでいくのを止められない。


 気がつけば、居間に置いてあった父親のキャリーバックが無くなっていた。確か父親が滞在するのは明日までだったはずだ。
「帰ったのか?」
 キッチンにいる母親に尋ねた。俺の声に振り返った母親は、安堵の表情を浮かべている。
「予定より早く戻らなくちゃならなくなったみたい」
「そう。良かったな、もうハラハラしなくて済んでさ」
 わざとらしく言ってやった。父親が早くいなくなったことで、母親も俺の現状を隠すことから解放されるのだ。
 母親は、深くため息をつく。
「でもやっぱり、もうこういうのは疲れるわ」
「なに言ってんだよ。自分が勝手にやってることだろ。別に正直に話してくれていいんだよ、俺は。あの親父になら、とっくに見下されてる。今更、無職だってことをバラしたからって、俺は何とも思わねえよ」
「そういうわけにはいかないの」
 ぴしゃりと母親が言い放つ。
「ねえ、ハローワークに行ってみない?とりあえず、形だけでもね。就職してほしいの」
 聞いていて吐き気がする。形だけ、って何だよ。結局こいつも自分のことしか考えていない。父親に俺が無職になった責任を問い詰められることが怖くて、ただそれだけで俺に職につくことを要求する。そんなんで、誰が働く気になるかっての。
「そんなとこ行かなくてもな、そのうちなんとかなるんだよ」
 それだけ言って、俺は居間を出た。キッチンの方から母親がまだ何か反論している声がしたが、聞く耳を持てない。聞いたところで無駄なのだ。父親が次にいつ帰るのかはわからないが、きっとそのときには俺はもういない。だから、母親ももう自分のついている嘘に脅えることだってないのだ。
 

 どうやら、レイカとの連絡が途絶えたようだ。ここ数日間、毎日一時間ごとにメールチェックをしてみるものの、レイカからの返信は無い。切られた、と思った。俺の他力本願な考えを見抜かれたのか、それとも時期を延ばそうとしているのが気に食わなかったのか。俺をメンバーからはずすことにしたのだろう。そして、さすがにちょっとレイカに踏み込みすぎたのかもしれない。終わりだ。俺のネット心中計画は、実行する前に幕を閉じられてしまった。
 やはり、他人に構っていいことなどなかった。慣れないことをするものじゃなかった。何度もレイカからの返信をチェックをしていた自分が、次第に馬鹿らしくなる。
 だいたい、ネット心中なんか、俺には向いていなかったのかもしれない。他人の力を利用して死のうとしても、結局最後は他人との共同作業なわけで。もう何年もまともに人と交流していない俺がやることではなかったのかもしれない。誰かに身を委ねても、結局は拒絶される。そういう人間だったのだ、俺は。
作品名:深海ネット 前編 作家名:さり