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深海ネット 前編

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「ミミは、今の彼と結婚するの?って、まだ早いかな」
「えー、まだそんなの考えられないよ」
「そうだよね、まだ十八だしね」
「考えたくなくてもな、考えなくちゃならない時期はすぐ来るんだよ」
「ははは。社長はやっぱ言うこと違うなあ」
 いち太郎は笑うけど、本当にそうだと思って言ったのだ。俺は、何も考えずにいられる時間が永遠に続くと思っていたのだ。そして、それが間違いだと気づいたときは、もう遅かった。俺の周りにいた人間はみんな何歩も先を歩いていて、今となってはもう届かないところにいってしまった。
「やだなぁ。ずっとこのままでいたいよぉ」
 ミミが言う。そんなこと、学生ならみんな願っていることな。俺だってそうだった。ミミは高校生だから、なおさらだろう。
 このままでいることは、簡単だ。次に進むステップを踏まなければいいことなのだから。一番つらいのは、自分がこのままでいられないことではなく、周りが社会人になり変わっていく中で、取り残された自分だけがこのままでいることなのだ。まあ、そんなこと、まだ学生で楽しい時代を過ごしているこいつらに教えたところで、実感できやしないだろう。
 だんだん気分が乗らなくなってきて、今日のチャットは早めに切り上げることにした。
 
 チャットを退室して、今日二度目のメールチェックを行った。新着メールが一件。きっとレイカだ。確信して開くと、やはりそうだった。
 どうやら、着々と事は運ばれているらしい。 

《河野明様へ
 レイカです。
 とりあえず、決定していることだけお伝えします。
 メンバーは前回お伝えしたように、河野さんも含めて男性二人、女性二人の計四人です。 
 河野さんも東京近郊の方ですよね。私は地方の人間ですが、他の二名が都内の方だということで、都内での決行となりそうです。時期ですが、今月中に決行したいと考えています。
 そこで、一度メンバー四人で打ち合わせをしたいという話になっています。
 今週日曜に、都内で待ち合わせをしようと思っていますが、河野さんも参加できるでしょうか?》

 面倒臭い。率直にそう思った。ネット心中にも、打ち合わせなんてものが必要なのか。ただ当日集まって、車の中で練炭炊いて睡眠薬飲めば終了、だとばかり思っていた。
 しかし、今週日曜ということは、あいつが家にいる日でもある。これに参加するとしたら、家を開ける理由になる。そう考えると、行くのも悪くないかもしれない。俺は返信ボタンを押し、打ち合わせに参加する意思を書いた。まあ、一緒に死ぬやつらがどんな顔をしているか、あらかじめ見ておくのもいいだろう。
 メールが送られたのを見届けて一息つくと、また舞子のことを思い出した。くそ、やっと忘れかけていたのに。あのわかばとかいう新入りが余計なことを言うから、また思い出してしまった。

 幸田舞子と最後に会ったのは、ちょうど一年前の秋のことだ。
 いつ思い出しても、鮮明によみがえる。俺にとっては最後の人間らしい出来事だった。
 あの日、携帯が鳴った瞬間から嫌な予感がした。そして画面を開いて、更にそれが増幅した。出るか出まいか迷ったが、あまりにも鳴り止まない着信音が耳障りだったので、通話ボタンを押してやったのだ。
「おーい、河野っ。生きてるかあ」 
 こちらが声を発するより前に、正志の豪快な声が耳に鳴り響いた。そんなデカい声出さなくても充分に聞こえている。
「うるせえな。生きてるよ」
「ぎゃははは。だろうなあ。だって電話に出てるしな」
 よっぽど電話を切ってやろうかと思ったが、正志はそんな隙すら与えず喋り続けた。どうやら、少し酔っ払っているようだった。居酒屋にいるらしく、周囲の騒音も聞こえてきた。静かで無機質な俺の部屋とは、大きな温度差だ。
「河野さあ、今ヒマ?」
「まあ、暇だけど」
「やっぱりなあ。さすがだよ。河野が忙しいわけねえもんな」
 こいつは、俺の現状を知る数少ない男だ。俺は何も言い返すことができない。
「今な、大学の奴らで集まって飲んでんだ。もちろん河野も来るよな」
「もちろん、って、お前」
 河野来るってよ、と正志が周りの連中に伝えているのが聞こえてきた。正志の言葉に周りの声も大きくなり、盛り上がったようだ。歓迎されているのはありがたいが、勝手に行くことにされては困る。俺はそんな集まりに気軽に行けるような立場ではないのだ。
「正志、俺行かないぞ」
「はあ?だって暇なんだろ」
「そういう問題じゃねえんだよ」
「みんな河野を呼べってうるせえんだ。お前だって、みんなに会いたいだろ」
 そりゃ、会えるものならば会いたい。
「でも、なんか、めんどくせーし」
「そんなこと言うなって。片岡とか南川とか、お前に会いたがってる奴たくさんいるぜ」
「だからって」
「マジで来ないと後悔するから。たまには俺を信じろ。なあ、河野」
 正志は居酒屋の場所を告げ、気がつけば俺はそれをしっかりメモしていた。猛ダッシュで来いよ、と念を押して正志は電話を切った。身勝手で押しが強いところは、学生時代から全く変わっていない。

 居酒屋の場所はすぐにわかった。よく通った店だった。でも、学生の頃と同じような気持ちで、店の扉を開けることはできなかった。扉に手をかけることすら、俺には許されていない気がした。
 一番奥の横長のテーブルを、正志たちが陣取っているのが見えた。やつらの姿を目にした瞬間、気づかれないうちにこのまま帰ってしまいたくなった。正志を始めとして、テーブルに座っている七人中五人がスーツ姿。いかにも会社帰りと言わんばかりだ。俺は、黒いスウェットに、ジーンズ。部屋着のままだった。
「あれ、河野じゃね?」
 しかし、やはり俺の思った通りにさせてくれないのが正志だ。赤黒い顔をした正志は、わざわざ立ち上がって、腕を大きく動かし手招きをする。俺は呼ばれるままに、テーブルに向かった。
 そして、テーブルに近づいてみて、途端に鼓動が大きくなるのを感じた。
 舞子がいたのだ。
「おせえぞ、河野」
 力強く肩を組んできた正志は、酒臭い息がかかる距離まで顔を近づけた。完全に出来上がっているらしい。学生時代から、先陣を切って酔っぱらうのは正志だった。
 まあ座れや、と正志は自分の隣りの席に置いていた重そうな黒皮の鞄をどかして、俺に座るように促す。席に着くと、懐かしい顔に囲まれた。大学四年間を共に過ごしたやつらばかりだ。そして、俺の目の前には舞子が座っていて、こちらを見ている。
「な、来て良かったろ?」
 俺の耳元で、ニヤニヤしながら正志が言う。
 正志の計らいはわかったものの、その言葉になんて返せばいいのかわからない。舞子は、俺が一番会いたくて、会ってはいけない人物だった。
「久しぶりだよね」
 舞子が言った。動いた唇には、赤い口紅が光る。
「だな」
 言いながら、目の前にいるのは本当に舞子なのだろうか、と疑ってしまった。しっかりと襟の立った白いシャツに、薄いベージュのカーディガン。肩まで下りた栗色の髪は、毛先が丁寧にカールしてある。俺の記憶の中で、ショートカットの髪を揺らしながら大股で歩いていたTシャツとジーンズ姿の舞子とは、全くの別人だ。
「ちょっと。明くん、ジロジロ見すぎだよ」
作品名:深海ネット 前編 作家名:さり