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深海ネット 前編

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 俺の初チャットは、ほとんどが互いの自己紹介で終わった。約二時間。それにしては、あっという間だった。チャットルームを退室した後、俺は軽く疲労感に襲われていた。思えば、誰かとまともに話したことなんかしばらく記憶に無かった。例え文字だけとはいえ、俺にとっては久しぶりの会話だったのだ。
 その日、結局俺は最後まで、自分が会社員なんかではない、と明かすことはなかった。そしてそれは、三ヶ月経った今でも変わらない。
 会社員を装うため、平日は必ず日付が変わる前にチャットルームを退室する。もちろん日中に入室なんかすることない。一つの嘘を突き通すには、いくつもの小細工が必要だった。とても面倒な作業ではあったが、チャットの中で社長呼ばわりされ、一般の会社員のような扱いを受けることに、悪い気はしていない。ネット上でくらい、まともな人間だと思われてもいいじゃないか。


作品名:深海ネット 前編 作家名:さり